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第3話「冷徹な瞳」

 その日の理久は、酷く機嫌が悪かった。  春馬に百合を紹介されたのが、3日前。その翌日からも、頼みごとを断ったことを気にする素振りもなく春馬と百合は話しかけてきた。  そして何故か今、百合からの質問攻めにあっている。家族構成やら好きな食べ物やら趣味まで。  知り合いに理久のファン? がいるらしく、できる限りでいいから教えて欲しいということらしい。  ただの知り合いの為にそこまで普通するか?  理久はただでさえSub嫌いだ。それなのに今目の前にいる百合は、ふんわりとしたロングヘアーにくりっとした目。平均よりも少し低い身長。そんな庇護欲をそそられるThe守られるべきSubといった要素を全て併せ持った容姿をしている。  さぞかしDomにモテるんだろうな〜。    理久は鼻をふっと鳴らした。    春馬は何故、そんな百合を残して帰ってしまったのか。  現在、春馬はいない。  大学の講義が終わった後、三人でファミレスに行き、夕食を食べたあと「じゃっ、俺、用事あるからっ」と言って去っていってしまった。  意味がわからない。彼女と異性の友人を二人きりにして普通、置いていくか?    そうして残った百合に理久は、質問攻めにされている。  俺、Subが苦手って言ったよな?  苦手ってオブラートに包んだ嫌いって意味だからな?  日本人なら俺が言葉選んでそう言ってんの気づけよっ!  つーか、言葉のまんま苦手だって意味で取ってもこれはねぇーわ。  俺、嫌がってたよな? Subの面倒見る気ないって言ったよな?  それがなんでこーなるんだよっ!  百歩譲って春馬は俺を信用しているからだとしよう。でも、なんでこの女は遠慮しない? 図々しすぎないか? 「そろそろ出ましょうか」  理久は手元にあるドリンクを飲み干した。  俺のせいでこの女に何かあっても困る。さっさと家まで送って帰ろう。  そう思い、立ち上がったところ、百合に手を掴まれた。 「ちょっと待って」 「まだ何か聞きたいことが?」  あ〜、イライラする。俺が近寄るなとわざわざ引いたラインを無神経にズカズカと踏みこんでくる目の前のコイツに。  理久は、早くしろと百合に冷たい視線を投げかける。  すると一瞬だけ、百合が口角を上げたように見えた。    ーーーなんだ? 見間違えか? 「兄さま……東条 悠生って知ってるわよね?」  憧れてやまない人の名前が出てきて、唐突に百合の話に興味が湧いた。  そういえば、百合は悠生の従兄弟だという話を悠生本人から聞いたことがある。従兄弟なのに、お兄さまと呼んでるくらいだから仲がいいんだろう。  悠生の妹と考えたら先程までの行動も許せるような気もしてくる。いや、やっぱり無理だ。  理久は、百合を見て首を縦に振った。 「理久は、お兄ちゃんのことどう思う?」 「どう思うって――」  百合に言われ、改まって悠生について考える。  彼は、理久の尊敬する人だ。初めて彼を見た時は、その圧倒的な存在感に目を奪われた。    DomとSubのパートナー関係は一見、Domが主導権を握ってるように見える。  しかし最近では、Sub主体の関係が多い。  DomはSubが本気で嫌がることはさせてもらえないし、管理するという名目でSubの面倒を見なければならない。SubがDomの命令を実行出来れば、褒めて上げなければならないし、甘やかさなければならない。  それが出来なければ、Dom失格なのだ。  それが嫌ならパートナーなんか作らなければいいじゃないかと言う人もいるだろう。自分の欲求を満たして貰っているのに我儘だと。  本当にSubがDomの欲求を満たせているのならそうなのかもしれない。しかし、最近はそうとも限らない。  ここ数年、病院にかかり、欲求を抑える為の抑制剤を処方してもらうDomが右肩上がりに増えている。  しかも、それだけではなく、欲求を満たせず、暴走させ事件を起こすDomも増えている。  つまりDomは、年々欲求を満たせなくなっている。  世間から我慢を強いられているのだ。それで理久自身も苦労したことがある。    だから初めて悠生の、あの世間など関係ない。俺は自分が生きたいように生きる。とでも言うような、甘さなど一切ない冷徹な瞳に、理久は救われたのだ。  Subを甘やかしたい。守ってあげたい。そんな欲求がない自分でもいいのだと、存在を肯定された気分になった。 「かっこいいですよね。悠生は憧れのDomです。あの冷徹な瞳、Domとして尊敬してます」  百合は理久の答えに、顔をぱぁっと綻ばせたかと思えば、次第に眉間に皺を寄せていき、最後にはため息をつきやがった。やれやれ、何も分かってないのね、とでも言いたげな表情だ。  理久はその顔を見て額に青筋を立てた。    友人でもない奴のことを分かってる方が怖いだろーがよっ!    理久は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。怒りのパロメーターがまた一つ上がる。  落ち着け〜。ここは大学近くのファミレス。客の中には大学の生徒もいるだろう。そして目の前にいるのはその大学内で有名人な東条 百合。彼女をSubと知っている人は多い。  ここで怒鳴りつけたらSubを虐めたDomとして異常者扱いだ。  それだけは避けたい。 「理久ってパートナーもしくは恋人はいるの?」  黙り込んでいるとまた百合が質問を投げかけてきた。今度は悠生関連の質問ですらない。  理久の頭の奥にある何かが、ブチッと音を立ててちぎれた気がした。  知り合ってまだ三日の他人に、この質問はライン越えなのでは?  いや、そもそもがライン越えだったわ。俺って馬鹿だな〜、あはは〜。  理久は無言で立ち上がり、会計を済ませると、百合の腕を雑に掴み、駅へと向かった。

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