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第8話
暗闇の中、隣で寝ている緒崎のすうすうという規則正しい寝息を聞きながら、俺は天井を見上げて色んな事を考えていた。
――ケーキ、美味かったなあ。
一ヶ月前から緒崎が予約してくれていたという、有名な洋菓子屋の限定品のクリスマスケーキ。甘すぎない大人向けの味で、口が肥えている緒崎らしいチョイスだった。そう言えば、あの洋菓子店の名前、どこかで見たことあるって思ってたけど、あれは確か西内の結婚式で貰った引き出物のバウムクーヘンの店じゃなかったか?
緒崎はそれと気付いて、あの店で買ったのだろうか?
でも有名な店だから、ただ単に偶然被っただけかもしれない。余計な事は詮索しないでおこう。
西内と別れてから二度とこんな幸せな気持ちを味わうことはないだろうって、ずっと思い込んでいた。自分は幸せとは縁がない人間なんだって。
だけど今、俺はすごく幸せだ。
隣に緒崎がいてくれるから。不安な時も落ち込んだ時も辛い時も、どんな時でも緒崎が側にいて支えてくれる。だから、俺はもう過去とはすっぱり決別出来た。
ふいに、大学一年のクリスマスイブの夜を思い出す。思いがけなく西内とそういう関係になってしまった、あの初めての夜。お互いベッドの中で顔を見合わせて幸せそうに微笑み合った。俺は、あの瞬間を忘れないだろう。もう二度と西内と会う事はないし、あいつとそういう関係に戻る事はないし、あいつにそういう感情を抱く事もない。だけど、あの時感じた幸せな気持ちは、あの頃の自分だけが感じる事が出来た貴重な感情だから。
横で眠る緒崎に、そっと目を向ける。
穏やかな寝息を立てて眠る緒崎は、すごく幸せそうな顔をしていた。
――緒崎は俺にたくさんの幸せをくれる。俺はどれだけおまえを幸せにしてあげられている?
俺は答えのない問いを胸の中で繰り返す。もし彼が起きていたら、きっとこう返してくれるだろうと想像しながら。
『俺は菊池が側にいてくれるだけで、それだけで幸せだよ?』
緒崎はそういう気障なセリフも気負いなく、さらりと言ってのけるヤツだ。本当に男前すぎて、俺には勿体ないぐらいだ。
「……メリークリスマス、緒崎。好きだよ……」
俺も瞼を閉じる。
どうか、たくさんの恋人たちが幸せな人と幸せな夜を過ごしていますように、と心の中で祈りながら。
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