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第3話

 新学期恒例の自己紹介が始まると、やっと男は俺から視線を外し下を向いた。ホッとして息を吐く。なんだったんだ、いったい……。  端から順番に、名前となにか一言自己紹介していく中、男は「黒木岳(くろきがく)です」とそれだけ言って終わらせた。 『あー黒木と一緒かー……あの威圧感がなぁ……』 『黒木か……体育のコンビとか、嫌なんだよな……』 『出たー根暗イケメン。カッコ良くてもあれじゃあね……』    クラスのヤツらの愚痴が聞こえてくる。  どれも同じような内容だ。  友達はいらないと言い切るヤツだから、まあそうなるわな、と納得してしまう。 「野間徹平(のまてっぺい)です。一六二センチしかない身長がチャームポイントです。チビって言わないでください。よろしくっ」  ドッと笑いが起こった。よっしゃつかみはOK!  大満足で席に着いた。  自己紹介が終わる頃には、俺は黒木のことはどうでもよくなっていた。  あんな訳がわからないヤツとは関わらないようにしよう、そう思った。  あの目がなんだったのかは気になるけど、俺は失敗はしていない。心を読んだとわかるようなことは言っていない、絶対に。だからもう気にしないことにした。    昼休みになってトイレに行き、出てきたところを黒木につかまった。 「ちょっとこい」 「……は? なんだそのえらそうな言い方、ムカつくな。行かねぇよっ」  背高っ! 何センチあるんだよ?  頭一つ分は余裕で見上げている。眉間のシワといい威圧感がすごい。  いつまでも黙っている黒木から、かすかに聞こえてきた。 『ちゃんと確認したい。本当にコイツは……』  なんだよ、本当にコイツは、なんなんだよ?  なにを確認したいんだ?  気になるじゃん……くそ。 「……わかったよ。どこに行くんだよ」    黒木は返事もせずに歩き出した。   「あ、おいっ」 『屋上』  心が屋上と言ったから屋上なんだろう。  俺はため息をついて黒木のあとをついて行った。  屋上につくと黒木は静かにベンチに座った。  仕方なく俺も隣に腰を下ろす。また心が聞こえない。 「んで? こんなとこに連れてきてなに?」    話しかけてもずっと下を向いてなにも言わない黒木。  心を読もうとしたとき、聞こえてきた。 『お前は心が読めるのか?』 「は?」  思わず心の声に反応してしまった。顔だけはかろうじて正面を向いたままでいられた。  いまコイツ、なんて言った……? 『やっぱり読めるんだな?』  俺どこで失敗した?  なんでバレた?  ダメだ、反応したらダメだ。冷静になれ。  ここに来てから、黒木はまだ口ではなにもしゃべっていない。 「おい黒木、なんでずっと黙ってんだよ? 用事ねぇなら戻るぞ」  やっぱりコイツとはもう関わらないようにしよう。  そう思って立ち上がったが、聞こえてきた言葉に愕然とした。 『俺も心が読める』  とっさに黒木を見てしまいそうになって、慌てて踏みとどまった。  いや、まさか。そんなわけない。きっと俺の反応を試してるだけだ、そう思った。  確認したいって、俺が心を読めるかどうかだったんだ。なんでバレたのかさっぱりわからないが、これ以上ボロを出すわけにはいかない。    俺さっきなんて言ったっけ。……そうだ、戻るぞって言って立ち上がったんだ。もうさっさと戻ろう。  そう思ったのに足を動かせなくなった。 『俺さっきなんて言ったっけ。そうだ、戻るぞって言って立ち上がったんだ。もうさっさと戻ろう』  いま俺が頭で思ったことを、そっくりそのまま黒木が言った。心の中で。  昔、両親や友達が俺を気味悪がった気持ちが、いま初めて本当にわかった。  心を読まれる不気味さを、初めて味わった。  黒木が教室で俺の手を振り払った気持ちが、俺を青い顔で見ていた気持ちが、いまやっとわかった。 『な、気味悪いだろ?』  ずっと下を向いていた黒木が顔を上げて俺を見て、自嘲気味に笑った。    

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