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第23話

「あれ? 野間、カーディガンなんか着てどうしたの? 寒いの?」  もう誰もカーディガンなんか着ていないから、田口がすぐに気づいて寄ってきた。心配そうな顔で俺を見てくる。  黒木をちらっと見ると、いつの間にかもう自分の席に戻っていた。 「あーうん、ちょっと寒くて羽織ってみた」 「えー、風邪でも引いた? 大丈夫? てかそれ、めっちゃダボダボじゃない?」 「うん、黒木のだから」 「あ、なるほどっ」 『えー、顔が赤いのって黒木のカーディガン着てるからかなぁ? 熱ある? いや黒木のだからだな』  え、俺いま顔赤いの?  顔に出さないように、心の中で密かに焦った。  さっき黒木に映像を見せられたせいだ。黒木のカーディガンを着てるからじゃない。……たぶん。   「俺カーディガンなかったからさ。黒木が貸してくれたんだ」 「そっかぁ。貸してもらえて良かったね」 『なんか彼シャツみたいだな。野間可愛いー』 「……うん」    田口に言われて意識したからか、カーディガンから香る黒木の匂いに気づいて、またドキドキしてきた。  やばい……ますます昨日の黒木を思い出しちゃうじゃん……。  なんかずっと黒木に包まれてる感じがする。ドキドキがやばい。  結局俺は今日丸一日、黒木のカーディガンのお世話になった。  俺たちだけじゃなく、木村と田口の心の映像もまだ見えてきて、はっきり言って今日は何一つ勉強が手につかなかった。  俺なにしに学校来たんだろ……。   「黒木帰ろー」  HRが終わるとすぐ、いつものように黒木の席に飛んで行った。   「……野間、それ着たまま帰るのか?」 「え? ダメ?」 「そんなダボダボの着て電車乗るのか?」 「電車? え? だって今日金曜……」  黒木に言われて気がつく。  今日も黒木の家に行ったら三日連続だ。それはさすがに怒られる。  金曜日は当たり前に黒木の家に行ってたから、今日もそのつもりでいた。  行けないんだと思ったら、ものすごく落胆してる自分がいる。  そっか……今日は黒木と一緒にいられないんだ。二人で土曜日ダラダラするのもできないんだ。 「さすがに格好悪いから、脱いで帰れ」 「……やだ」  黒木の家に行けないんだと思ったら、どうしてもカーディガンを脱ぎたくなかった。暑いのに、脱ぎたくなかった。 「……笑われるぞ」 「別にそんなの、どうでもいいもん」  俺は結局カーディガンを着たまま学校を出た。  黒木はあきれたように笑ってた。  別れ際、「じゃあな」と頭にポンと乗せられた手が優しくて嬉しくて、ずっと乗せたままでいてほしかった。  電車に乗っても、バスに乗っても、ずっと黒木のことを考えてしまってハッとして顔が火照る。  今日は黒木の家だと思ってたから……だからつい思い出すだけだ。ただガッカリしてるだけだ。  俺はいつも帰宅すると、一階の酒屋を通って家に入る。店番をしてる母さんに、帰ったよと報告がてら飲み物を持って上がれるし色々便利だ。 「ただいまー」 「あら、おかえり」 『金曜日に帰ってくるなんてめずらしい。てっきりまた泊まるって電話が来るかと思ったのに』  母さんの心を聞いて、なんだよ泊まって良かったのかよ、とさらに落胆した。 「……母さん今日夕飯なに? 米炊いとく?」 「徹平が帰ると思わなかったから、お酒のつまみしか考えてなかったわ」 「なにそれ、ひでぇ……」 「あんたが黒木くんの家にばっかり行くからでしょうよっ」 『何回夕飯無駄にしたと思ってるの。全く……』  え、マジか……。そんなこと言われたことなかったからセーフだったのかと思ってた。母さんそういう文句ほんと言わないよな……。 「じゃあ俺夕飯作るよ。つまみっぽければいい?」 「……へ? 徹平が……作るの? 作れるの?」 「最近黒木と一緒に作ってるから、たぶんできると思う。冷蔵庫の物勝手に使ってい?」 「え? ああ、うん、いいわよ。なんか悪いわねぇ……」 『徹平が料理! 槍が降るんじゃないかしら! ……ちゃんと食べれるのかな……?』    くそぉ、ちゃんと食べれるもの作ってやるっ。  つまみだろ? 父さんいつもなに食ってるっけ……。  部屋にリュックを置いて、着替えようとカーディガンにふれて思いとどまった。  ……料理終わるまで着替えなくていっか……。腕まくればいいよな……。  

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