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第42話
どうしても真っ直ぐ帰る気になれなくて黒木の家に寄ったけど、やっぱり黒木はいなくて落胆した。
暗くなるまでマンションの前にうずくまって待ってみたけど、結局黒木には会えなかった。
黒木……いまどこにいるんだよ……。会いてぇよ……。
何度も涙があふれて、そのたびに袖で拭った。
とぼとぼと家に帰ると、もう閉店間際で店番は父さんだった。
「お、徹平おかえり。ずいぶん遅かったなぁ」
「……ただいま」
「なんだ、元気ないな?」
『ん? 泣いたのか? 目が腫れてるな……。失恋か? 徹平もお年頃だもんなぁ。うーん……どう言ってやったらいいのかわからんな……』
「おう、徹平。今日も飲み物持ってくだろ? 好きなの持ってっていいぞ!」
そう言う父さんの指先が、ジュースじゃなくお酒の方を指していた。
「……いや、そっち酒だろ」
「人間な、飲んで忘れるのも大事なんだぞ?」
「未成年に何言ってんだ……ったく」
「父さんの仕事終わるの待ってろ! 付き合っちゃるから!」
『しょうがねぇなぁ。甘酒でも飲ますか? んー。徹平ならシャンメリーでも酔いそうだな』
そんなわけあるか。とあきれてため息が出た。
それでも父さんの能天気さは悩みを時には軽くしてくれる。俺はそんな父さんが嫌いじゃない。
「父さんあのさ……。明日空港行きたいんだけど乗せてってくんねぇかな? 十四時……十五時には着きたいんだけど……」
国際線なんて乗ったこともない。だからどれくらい早く行くもんなのか全然わかんない。少しでも早く行って待ち伏せしなきゃ……。
「空港? なにしに行くんだ?」
「ちょっと、友達の見送りに……」
「お前タイミングいいなー。ちょうど定休日じゃないか。よっしゃ、いいぞ、任せろっ」
『ん? あれ? 学校は? ……ま、泣くほど好きな子なら野暮なことは言いっこなしだな』
「……サンキュ」
だから好きだよ、父さん。
「空港って、羽田でいいのか?」
「……あ、わかん……ない」
成田? 羽田? どっち……?
そこまで聞いてない。アメリカに十八時発しかわからない。俺は慌ててスマホで検索をした。
でも十八時ちょうどの便がない。アメリカのどこ行きなのかもわからない。これじゃあどっちの空港かもわからない。
もう黒木に会えないじゃん……。
喉の奥がグッと熱くなって涙があふれてきた。
「お、おい、徹平?」
「父さん……空港どっちかわかんねぇ……」
「わかんねぇなら電話で聞けばいいだろ?」
「……電話……つながんねぇんだ」
涙がこらえきれずに流れ出た。
さっきまで明日には会えると思っていたから、絶望で目の前が真っ暗になる。
「徹平……」
涙を流す俺を見てオロオロする父さんに、なにも言えなかった。
制服の袖で涙を拭いながら嗚咽をもらす。
『…………ま……、……か……』
そのとき、かすかに聞こえてきた心の声にハッとした。
『……ま。おい野間。いるか? 聞こえるか?』
「く……っ!」
『黒木?!』
『野間。よかった、家合ってたか……』
俺はリュックを父さんに押し付けて店を飛び出した。
ドアを開けると、すぐ店の前に黒木が立ってた。
「黒木!!」
思わず俺は黒木に駆け寄って飛びついた。
「黒木っ、黒木っ、黒木……っ」
黒木に会えたっ。
会いに来てくれたっ。
嬉しくて涙がどっとあふれ出た。
「おい、野間? なんだどうした、一日会えなかっただけだろ」
「……うっ、黒木……っ」
一日会えなかっただけ? ふざけんなっ!
転校ってなんだよっ! アメリカってなんだよっ!
お前明日アメリカ行っちゃうんだろっ?!
「なんで……野間が知ってるんだ……」
「……うっ…………」
黒木が否定しない。
やっぱ……やっぱ本当なんだな……。
「あ……、おい、野間ちょっと離せ」
「やだっ!」
「おいってっ」
「うっさいっ!!」
「……あ……の……、初めまして。野間……くんと、いつも仲良くさせていただいてます、黒木です」
「……ああ、おお、君がうわさの黒木くんか。初めまして、徹平の父です」
『ええと……徹平はなんで黒木くんに抱きついてるんだろうか……。もしかしてこれがボーイズラブっつーやつか? ……うーん、しかしイケメンだぁ。徹平は面食いなんだなぁ』
途中で事態に気づいたけど身体が固まって動けなかった。
俺はおずおずと動いて黒木から離れると、父さんを睨みつけるように見て口を開いた。
「早くツッコめよっ」
「あ、ツッコんでよかったのか? いやぁ、お邪魔かなぁと思ってな?」
「じ、じゃあとっとと店戻ればいいだろっ」
「あ、確かにな。あはは」
恥ずかしくて八つ当たりしてるだけなのに、父さんは笑うだけだった。
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