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第54話〈黒木〉
「あちらはプランAで進めたいようです」
社長室に二人でこもり、最終の打ち合わせ。
心の声の話だから、糸井さんも席を外してもらっている。
「……本当か? 感触がいいのはBだったぞ?」
「何度も言いますけど、疑うなら俺を利用しないでください」
『……ったく、生意気に育っちゃってまぁ……』
「わかった。詳しく説明してくれ」
この商談はどうしても勝ち取りたいらしい。
他にも多数の会社が同時に商談中で、どこが勝ち取るか勝負がかかっているそうだ。
「メイソンさんは、こちらの出方をみているようです。いまこちらはプランAを強く押しています。でももしメイソンさんが少しでもBに興味を示したら、Bにスイッチして押してくるのか試してる。メイソンさんは当社のプランAでほぼ気持ちが固まっているので、このままAを強く押してください」
本当に自社が自信をもって進めたいプランはどれなのか、自分の出方で都合よくフラフラしないか、信用がどれだけあるのか、メイソンさんは試していた。
他社の商談ではあっけなくスイッチしてきてガッカリしたとボヤいてた。
だからこちらはプランAを最後まで押し続ければきっと勝ち取れる。
それらを父さんに説明するとなんとか納得してくれた。
「それから、他社のプランの中で……――――」
メイソンさんが他社プランの中で特に気に入ったものがあったようなので、それを伝えた。
「なるほど。それをプランAに組み込めれば完璧か……。それほど難しくないな。なぜ組み込んだかをどう説明するかだな……」
父さんはブツブツつぶやいて頭を悩ませる。
俺ができるのはここまでだ。どうだ、今回は英語がわかる俺は使えただろう? と自虐的に一人笑う。
「よし、これでいくか!」
これで終了というように、父さんはPCのマウスをクリックした。
「父さん。成功した時は約束を守ってくださいね」
「まぁ、成功すればな? そのときは日本に帰ればいいさ。だが失敗したときは帰れないと思えよ?」
『なぁんてな。もうハイスクールはとっくにキャンセルしてるが、まぁまだ黙っておくか。……ってこれ聞かれてたら意味ないな。いまだに力のメカニズムがわからん。常に聞こえてるのか? 聞きたいときだけ聞いてんのか? ん? おいこら、すました顔しやがって』
父さんの視線を受けながら、俺はテーブルに散らばった書類の整理をする。
父さんの真意がまったく見えない。
ハイスクールはキャンセルしただって? まだ結果も出ていないのになぜ?
『今度こそ俺のそばに置きたいと思っていたんだがなぁ。まぁ入社は約束してくれたから良しとするか』
今度こそそばに置いて利用したかったってことか。
それなのになぜ結果が出る前に諦めた?
なにを考えてるのかまったく意味不明で気持ちが悪い。
……まあ俺は帰れるなら理由なんてどうでもいいが。
「約束は、日本に帰ることだけじゃないですよ」
「ああ、野間くんを認めろってやつか。まあ……成功すれば認めてやってもいいぞ?」
『そんなのこっちでは普通だけどな。日本はまだまだだな。まだいてもらわなきゃ困るし悪ぶっとくか。……でもこれ以上嫌われるのはちとキツいなぁ』
父さんがかすかに寂しそうな顔をする。
……演技か?
その心はわざと聞かせてるのか?
『しっかしまぁ、変な力に同性愛って。どこまでも難儀な人生だな……。ま、なにかあっても助けてやれるだろ』
聞こえてくる父さんの心に、俺は正直驚きを隠せなかった。
いまの言葉に俺への嫌悪感はなにもなかった。それどころか「助けてやれる」とまで言った。
俺に聞かれるとわかっているから心まで偽ってるのか……?
どういうことなのか頭が混乱する。
思えば、再会した父さんから、嫌悪や悪意をまだ一度も感じていない。
なぜだ……。
「……もしも。……もしも失敗したら、俺はここでなにをすればいいんですか?」
心の声を聞いてやろうと、俺はそう聞いてみた。
「あ? お前はとりあえず学校だろう。いい子で学校に行っとけ」
『日本で野間くんとイチャイチャでもしとけ』
「……は? ……それだけですか?」
「他になにがしたいんだ?」
『ああそうか、また仕事に引っ張り出されると思ったか。そうだよなぁ。今回の商談は異例の大口だったからどうしても岳が必要だっただけなんだが。いや……岳に頼った俺が悪いよな』
「……この力を利用したいから転校させようとしたんじゃないんですか?」
「利用……うーん利用なぁ。今回のことは手伝ってもらった手前何も言えないが……俺はそうじゃなくてだな。お前がその力を、最強の武器だと思って使えるようになれればいいと思ってるよ。個性だろ? ん? 特技か? まぁどっちでもいいさ」
……なんだそれは。カッコイイことでも言ったつもりなのか?
『また胡散臭そうな顔してんな……』
「悪かったよ、今回の商談はどうしても落としたくなかった。お前の力がどうしても必要だったんだ。でも、一度は諦めたんだぞ?」
PCをパタンと閉じて父さんは立ち上がり、ソファへ移動して腰を下ろした。
俺も書類が片付いてしまい、仕方なく向かいのソファに座る。
「もうすぐ大学受験だろ。こっちを受験するなら今から来てしまったほうが楽だしな? 母さんのいる日本よりこっちのほうがいいだろうと思ったんだ」
母さんより自分のほうがマシだろうって言いたいのか?
「お前に選ばせるとまた頑固に日本を選ぶと思って、今回は強行突破しようとしたんだが……。まさかずっとそばにいたい人がいるなんて言われるとは思わなくてな。だから一度は諦めたんだ」
「諦めたのにどうして……」
「お前が転校の書類に署名したって母さんが言い出してさ。振られて自暴自棄にでもなったのかと思ってな?」
『岳をそばに置くチャンスだと思ったのになぁ』
「なんとかお前にこの商談を手伝ってもらおうと思ってたら、母さんが勝手に書いたってオチでさぁ。もう諦めきれなかったんだよ……。野間くんを利用したのは本当に悪かった、すまん……」
父さんが、膝に手を置いて頭を下げてくる。
聞こえてくる心の声は、謝罪の気持ちと、また俺が離れていく寂しさだけだった。
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