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第59話

 手をつないで歩き出そうとしたとき、黒木が「あ……」とつぶやいた。 「野間、今日は自分の家に帰るか……?」 「えっ、やだっ、一緒にいたいっ。黒木んち行っちゃだめ?」  つないだ手に思わずぎゅっと力が入った。  黒木を見上げると、なんとなく頬がほんのり赤い気がしてマジマジと見てしまう。 『ちょっと待て。野間の可愛さが100倍増しくらいなんだがどうしたらいい……。可愛いすぎだろう……』 「俺も、一緒にいたい。家の人は大丈夫か?」  黒木の心の声がこそばゆい。  嬉しくて幸せでほんとに夢みたいで、もうどうにかなっちゃいそうだ。  顔がゆるんでめっちゃだらしなくなってる自信がある。 「うん、たぶん大丈夫。あ、電話するからちょっと待って」  俺が空いてる手で反対側のポケットを探っていると『取りづらそうだな』と黒木が手を離そうとするから、離すもんかと強くにぎった。すると頭上から深いため息が聞こえてくる。  いままでなら黒木があきれてる……って落ち込んだかもしれない。でもいまは嬉しくてさらに顔がにやけた。  だって黒木の心から『可愛い』がずっと流れてくるから。 「もしもし父さん?」 『おっ、徹平。電話が来るってことは、さては今日は帰って来ねぇんだな?』 「あ、う、うん」    相変わらず鋭いな。いや父さんの場合、鋭いって言うよりただ思い込みが激しいだけだったりするんだよな。 『黒木くんち泊まるんだろ?』 「……うん。いい?」 『そっかそっか。よかったなっ徹平!』 「……ん。父さん、ありがと」 『俺はなんもしてねぇよ。そんで? しばらくそっちいるんだろ?』  ほんと、話が早くて助かるけど……。 「そうしてもいい? 母さん、大丈夫かな?」 『大丈夫だ、俺に任せとけっ』 「父さん、ほんと、サンキュ」 『おうっ、いいってことよっ。あ、でも母さん心配すっから、途中一回くらい帰ってこいよっ。ま、夏休み最後、二人で楽しめっ』 「ふはっ。うん、そうする」  途中一回帰るだけでいいんだ、と笑ってしまった。  電話を切ってホッと息をつく。  あーやばいどうしよ。友達としてでもいいから残りの夏休み一緒にいたいって思ってたのに、まさか恋人として一緒に過ごせるなんて思ってなかった。もう舞い上がりすぎてやばい。  ……あれ、恋人でいいんだよな? 俺たちもう付き合うってことでいいんだよな?  急に不安になって黒木を見上げると、優しい瞳で見つめられた。 「恋人だろ?」 「……うんっ。へへっ」  お互いの心が『嬉しい』『好き』でシンクロする。  それが嬉しくてまた好きがあふれる。  胸が熱くてわーってなって、もっとぶわってなって……はぁ、やばい、黒木……好き……。 『俺も好きだ』 『……うん、好き』  二人で見つめ合って『キリないな』と笑った。    「黒木んち、泊まっていいって」 「よかった。じゃ、行くか」 「うん」  手をつないで空港内を歩いていても、思ったほど注目を浴びない。意外と気づかれないし、気づいても見て見ぬふりフリをする人が多い。  たまに『げっ』とか『うわ』って聞こえて来たり、『えっBL?!』というどちらかと言うと歓喜の声もあったり、ちょっと面白い。 『もっと白い目で見られるかと思ったけどそうでもないな?』  黒木が意外そうな顔をする。   『うんうん。あと二度見してくるの、ちょっと面白ぇな』 『それな』 『心の声で会話できるとさ、こういうときやっぱ便利だな? それに特別って感じでなんか嬉しい』 『俺たちだけができることだから、余計に嬉しいよな?』    そう言って、いままで見た中でもとびきりの笑顔を見せる黒木に、せっかく引いた頬の熱がまた集まってくる。    だからときめきすぎてやべぇってばっ。  もう心臓苦しいっ。  黒木好きすぎるっ。  早く黒木んちに行って抱きつきてぇ……っ。    脳内で暴れていたら、隣から『ほんと可愛い野間。好きだ』と聞こえてくる。  いままでは『可愛い』が俺を幸せにする魔法の言葉だった。たまにしか聞けない『可愛い』が聞きたくて必死だった。  でもいまは魔法の言葉以上の『好き』まで聞こえる。  幸せ以上ってなんだろう?  天国……?  うん、なんかもう俺、天国にいるみたいだ。  隣で黒木が俺の心の声にクッと笑った。   「黒木、モノレールこっちだよ?」 「いや、タクシーで帰ろう」 「えっ、いや電車でいいって」 「仕事のあとまっすぐフライトだったから、父さんが絶対タクシー使えってさ。社長命令だと」 「あ、そうなんだ」  だから黒木スーツだったんだ。  父親の話が出てちょっと心配になったけど、黒木の表情は柔らかくて口元も笑ってる。よかった、と安堵した。  予想はしてたけど、やっぱ父親って社長なんだな。 『渡してる金ムダにするなって怒られてもな。父さんの金なんて必要以上に使いたくもなかったし……。そうだ、たまにはピザでも取るか』    『思ってた』って過去形だし、ピザを取るなんて初めてだ。  いまはもう、使ってもいいって思ってるんだ。  ってことはやっぱり、父親は黒木の味方だったのかな? 「野間、『やっぱり』ってなんだ?」 「あ、えっと……うーん、話すと長くなるからあとでもいいか?」  父親の話をするには、黒木の母親の話からしなきゃだしな……。 『母親? なんで野間が俺の母さんの話をするんだ……』    黒木の眉間にぎゅっとシワが寄った。 「あ、あ、ほらタクシー乗ろうぜ、タクシー!」 『あとでゆっくり話すよ』    険しい顔をした黒木の手を引っ張って、俺はタクシー乗り場に早足で向かった。     

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