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第64話〈黒木〉※
「久しぶりだから後ろからにするか?」
負担をかけたくなくて確認すると、予想どおりではあったが野間が嫌がった。
「やだっ!」
『後ろだとキスしづれぇもんっ!』
キス基準なのか、とあまりに野間らしくて笑ってしまった。
「まだキスしたいのか? もう唇が腫れそうだぞ?」
かなり本気で心配になった。野間の唇を指で撫でるとそれだけでもトロンと気持ちよさそうな顔をする。
「黒木とつながりながらキスするの好き。すげぇ幸せになれるから」
「……ほんと。心臓いくつあっても足りないな」
きょとんと首をかしげる野間が可愛い。
もう俺、語彙力ないな。野間と会ってからずっと可愛いしか言ってない。
「ほんとに大丈夫か?」
「うん……はやく……」
「……入れるぞ」
「ん……」
野間がぎゅっとしがみつく。
『黒木がくる……。あ……きた……きたっ! やばいやばいやばいっ。嬉しいやばい……っ』
「んっ、……んっ、すき……くろきっ、すき……っ、アッ……」
『好き、好き、好き……っ。嬉しい……幸せ……っ』
俺は、この力を持っていてこれほどよかったと思ったことはいままで無かった。
大好きな野間と恋人になれて、こうしてひとつになれるだけでも幸せなのに、なんだこの幸福感……。
野間が俺と同じように幸せを感じて、それを全身で訴えてくる。
同時に声と心で、これでもかというほど『好き』の気持ちを俺に浴びせてくる。
野間とつながった喜びと、野間の気持ちに包まれる喜びとで、俺は動けなくなった。
「野間……っ」
好きだ野間。大好きだ。
もうここに野間はいるのに、もし野間と出会えていなかったらと考えて急に怖くなった。
もし父さんの手を取ってアメリカに行っていたら。もし同じクラスになれていなかったら。もし野間の力に気づいていなかったら。もし……この気持ちに気づかずにいたら……。
こんな幸せはなかったんだ。
こんなの、ほんと奇跡だろう……。
「くろき……」
野間の手のひらが、あふれ出て頬を伝う俺の涙を拭った。
「好きだよ、くろき……」
俺をまっすぐ見つめる野間は本当に幸せそうで、俺の幸せがさらに倍増した。
『もう俺はここにいるだろ? もう出会ってるだろ? もう俺たち恋人だろ?』
「野間……ああ、そうだな」
もし出会えてなかったらなんて考える必要ないよな。
「くろき、好き。大好き……っ。すっげぇすっげぇ好きだよ……っ」
『黒木、もっといっぱい泣いていいよ。嬉し涙いっぱい流せよ。そうすればきっと毒が一緒に流れてくから』
野間は俺のうなじを引き寄せ、涙がたまった目尻にチュッとキスをした。何度も何度も。
「毒……?」
毒ってなんだ? なんのことだ?
『俺が今日から毎日黒木に「大好き」をやるから。黒木の中にある母親の毒が消えて無くなるくらい、毎日たくさん「大好き」をやるからな』
母さんの毒が消えるくらい……?
野間はそんなことを考えていたのかと思わず息をのんだ。
『ほんとは黒木がいつか好きになる人の大好きがもらえるまで、俺ので我慢してもらうつもりだったのに。まさか黒木が俺を好きだったなんて……ほんっと夢みたい。幸せ……』
もしかして呪文をやめると決めたのは、それが理由だったのか?
母さんに会ったから……。だから呪文を解いて俺の中の毒を消そうとしたのか。
母さんの毒のことなんて、野間に出会ってからは幸せすぎて忘れてた。
「毒なんて、もうとっくにかすれて消えてるよ……」
「え……マジ? うわ……それ最高に嬉しいっ。俺、黒木の役に立ててたんだなっ!」
はにかむように破顔する野間を、ぎゅっと強く抱きしめて腕の中に閉じ込める。
「野間……」
『ありがとう』
野間の腕が背中にまわり、俺を優しく包むように抱きしめた。
「……ん。へへっ」
『大好き。黒木』
野間を抱きしめながら枕に顔を押し付けて、涙を吸い取り顔を上げた。
「俺のほうが、もっと大好きだ」
ふわっと嬉しそうに微笑む野間の顔中に、俺はキスをいっぱい落とした。
『あ、これ……久しぶり……嬉しい』
「……野間」
「ん?」
「そろそろ……いいか?」
「え?」
「もう、馴染んだよな?」
そう聞くと、野間が小さく吹き出した。
「馴染みすぎて忘れてた」
「おい……」
『なんて、うそだよ。だって黒木とずっとつながってんの、めっちゃ幸せだもん。忘れるわけねぇじゃん……』
野間の言葉で、俺のそこに一気に熱が集まった。
『あ、黒木のビクンてなった。可愛い』
『……お前、ずいぶん余裕だな?』
グッと腰を押し付けると、それに答えるように野間の中がキュッと締まって吸い付いてくる。
「……あ……っ、ん、くろ……き……」
野間の口から出る可愛い喘ぎ声。
俺の余裕はその瞬間なくなった。
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