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第1話 クリスマス結婚式

「なに? ローマ国教式のやり方で、婚礼を? 催したいだと?」  後宮の自室で軍事関係の木簡(もっかん)に筆を走らせていた蘇芳(すおう)の元に、部下である女官の三人がはしゃぎながら押し寄せた。 「そうなんです! ほら、お二人って公には夫婦になれないじゃないですか」 「国をあげてのお祝いも特になかったし、ねえ?」 「そうそう」  お決まりのお団子頭を左右に揺りながら、紅玉、木蘭、春麗が代わるがわるにまくし立てる。  女官たちが仕える君主の儚那(はかな)は、数々の障害を乗り越え、弱冠十七歳にして国王に任命された。     その伴侶として、儚那の長年の側近であった四つ年上の蘇芳が新たに摂政の座についた。 しかし国が同性婚を認めていないため、二人は婚姻の形を取ることはできずにいる。  言ってしまえば蘇芳は国王の愛人、男妾に当たるわけだが、それでは身も蓋もない。  そこで倭国にならって設けられた『摂政』の職域の中に、月虹国独自の概念として『王と閨事を共にする権利』が追加された。  よって月虹国における摂政とは、やや艶っぽい響きを持って浸透していくことになるのだが、それはそれとして。 「ほら、形から入るのも大事ですしぃ」 「離宮で親しい者たちだけ集めて、やりましょうよぉ結婚式」 「もうすぐクリスマスでもありますし、それに合わせて!」  三人がうきうきと手を取り合った。 「なに九栗鼠鱒(くりすマス)? どんな魚だ」 「さか、……食べ物ではありませんわよ」  紅玉が呆れ顔をする。 「キリストの誕生祭ですわ」  木蘭が補うとようやく、 「キリスト……? ああーその名はどこかで、記憶のどこかに……」  蘇芳は酷くうろ覚えの引き出しから、何とか知識を引っ張り出そうと頭を押さえた。 「だからローマ国教の神ですってば」  春麗がため息をつく。 「ローマ国教の……神……」  そう言われてみれば、そうだったかもしれない。さしあたり唐国と倭国の狭間に浮かぶ島国に生きる蘇芳にとって、それは果てしなく遠い世界の物語だった。 「蘇芳様ったら、普段は博識でらっしゃるのに……」 「西方文化はまるでご存じなかったのねぇ」 「このままじゃひい様がかわいそうですわ」  ひい様というのは儚那の愛称で、幼い頃から姫様、ひい様と呼んで世話を焼いてきた名残である。 「待て。なぜひい様がかわいそうなのだ」 「だって、ねえ」 「愛する人との結婚式は、欠かすことのできない一大祭典ですもの」 「うんうん」 「そうなのか……? しかしそれならそれで、何も月虹国の国教である儒教式で行えば良いではないか。何が悲しゅうて信者でもないローマを推してくるのだ」 「だって」 「ねぇ」 「まずはこれ見て下さいよ!」  バッ、と三人が広げたのは、およそ東方世界には見られない西欧式の女性の衣装だった。  首からくるぶしまですっかりと覆う清楚さながら、手首までほっそりと包む袖といい、きゅっとくびれた腰回りといい、体の線がはっきりと出る趣向は斬新で艶美だ。    光沢のある絹糸で丹念に織られた生地は最高級の輝きを放ち、首元から裾まで届く長い飾り布にはビザンツ風の金銀の紋様が精緻に織り込まれている。 「それは……?」 「ひい様へのお祝いにとローマ帝国から贈られたビザンツ王族のお衣装ですわ」 「美しいでしょう?」 「男性用のもありますのよ、ほら」  春麗が広げたそれは、女性物から体の線を無くして大造りにした品だった。 「……」  肩につかない黒髪に眼鏡という、生粋の東洋人。そんな自分には絶対に似合わない自信が蘇芳にはあったし、何故こんな物を贈ってくるのかローマの考えることはよく分からなかったが、その女物の衣装を身につけた儚那のことはとても見てみたいと思った。 「う──む、しかし信者でもないのにわざわざ式までやらぬでもいいではないか。軽薄というか浮ついているというか、これだから物の道理の分からん連中は」  ブツブツブツブツ固いことを言っていると、長身の春麗の陰から、その儚那がえへっと顔を覗かせた。Ωらしい小柄で華奢な体つきに、木蘭色(グレージュ)の長い髪がさらりと揺れる。 「ひい様!?」 「……これを着て、蘇芳と歩いてみたいなぁ、なんて……」 ……だめ? 迷子のような目で上目遣いにお願いをされ、 「やりましょう!!」  物の道理は一も二もなく吹っ飛んだ。

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