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上手くいかないのはどうして?
「蓮太郎、鬼崎さん行っちゃったよ」
「・・・・・・そだね」
「いつから覚めてた?」
「手首を掴まれたところで、ヒュンってなった」
「平気だよってフォローしてあげなくてよかったの?」
「よくない。でも今日は言えなかった・・・・・・」
「そ」
サビと俺の会話を柚元さんが黙って聞いていた。普段から俺たちのくだらないじゃれあいには入ってこないスタンスだけれど、サビは思うことがあったらしい。
「圭一ぃ、なんか言いたそうだね」
「ん、うん、ひとりで帰して彼大丈夫かな?」
どきりとした。鬼崎さんの心の底が見えない。在りかもわからない。俺なんかよりもずっとずっとしっかりした大人で、自分の足で立っているはずなのに、鬼崎さんは時折ものすごく心許ない。
「俺、やっぱ、鬼崎さんと帰るっ」
勢いよく飛び出したものの、頭から酒が抜けても身体は本調子に戻っていなかった。千鳥足で転んでしまい、柚元さんに引き起こされる。
「ごめんね。きみを責めているんじゃないから、無理していかなくていいんだよ」
「無理してません、俺・・・・・・あ、電話」
ポケットからスマホを取り出すと、サビが眉を顰めた。
「もー、こんなときに誰?」
「田米さんだ」
「空気読めない副社長だなぁ」
俺も今はやめて欲しかったと思ったが、出ないと失礼だ。いろいろと#協力__・__#してもらったのだから。
『どうだったよ』
開口一番に好奇心に満ちた声が響いた。
「それが、微妙な感じでお開きになっちゃって」
『微妙って・・・・・・?』
躊躇のない質問だった。キュッと唇を結んだとき、手のなかからスマホがするっと抜けた。
「ちょっとごめんね、林田くん」
「え」
声のした方を向くと、スマホの通話終了ボタンがタップされている。
「柚元さん?!」
「俺の見解ではね、この彼の言っていることは勘違いなんじゃないかな?」
唖然とする俺に、画面の暗くなったスマホが返される。受け取った瞬間、ふたたび画面は明るくなり、田米さんから着信が入った。
———ごめんなさい。
時刻は夜の二十二時。俺は「今は出られません」と謝罪のメッセージを送り、スマホの電源を切った。
◇ ◇ ◇
遡ること、ひと月ほど前。
カフェ『coco touron』にて、偶然にも出会った田米葉助さん。鬼崎さんの友人であり、親しい仕事仲間。俺は鬼崎さんの歳の離れた弟を装い、兄に内緒で家出をしてきたふりをして近づいた。しかしすぐに嘘を見抜かれ、彼とルームシェアをはじめたことと、彼に想いを寄せていることを白状した。首輪やペットのワードはやんわりと伏せ、恋人に近い関係にあるけれど、不安があるとかなんとか洗いざらい。
もちろん、鬼崎さんについて嗅ぎ回っていることは内緒で・・・・・・とお願いをして。
田米さんの反応は、そりゃあ驚いた顔をしていた。
でもそれは、俺が思ってた理由とはちょっと違った。
『———あいつって、そっち だったかな』
青ざめる俺の顔を見て、田米さんは「俺が知らなかっただけかも」と慌てて言い直していた。
その反応が明らかに怪しくって、問い詰めたら、ある事実と疑惑が浮かび上がった。
『過去の鬼崎の彼女を何人か知ってるけど、男もイケるとは初耳だった。最近になって早く帰るようになったから、てっきりいい仲の女ができたんだと思ってた』
田米さんは思いきり目を泳がせた。話を聞きながら、俺は心臓がバクバクして、気を抜くと泣きそうになっていた。
早く帰ってきてくれるのは俺のためで、何もやましいことがないにも関わらず、ひとつが綻びだすと、全てがほどけてしまうのだと知ってしまった。
田米さんの話はそれだけじゃなくて、鬼崎さんは一時期しんどい時期があり、それ以来はプライベートでの人付き合いをほとんど断ち、恋人も作っていなかった。
鬼崎さんは周囲に悩みの真相を打ち明けていない。だから久しぶりに彼に親しい人ができて安堵していたんだと。俺への警戒心を解いてくれたのも、そのためで。
俺は揺らいでいた。話を聞く数時間前よりもはるかに詳しくなったはずなのに、俺のなかの鬼崎さんが余計に迷子になった。
不安にさせたお詫びにと、田米さんはそれから定期的に相談という名の愚痴を聞いてくれたり、こっそりと鬼崎さんの仕事の都合を教えてくれる。
◇ ◇ ◇
「林田くんの考えすぎってことはない? 他所に女のいる男が、ああやって君や君に触ろうとしていた男に怒るかな? 店員に向かっていった鬼崎さんに余裕があるようには見えなかった。余裕がない人間に自分を取り繕えると思うかい? 俺はきみに見せた姿が本音だと思うけどな」
店の前から動けずにいる俺に、柚元さんは真剣な顔で対峙してくれた。柚元さんの言葉はまさにそのとおり。俺が勝手に哀しくなって、俺が勝手に暴走した。
「圭一、それくらいで」
「いいよ、サビ。続けてください、柚元さん」
「・・・・・・うん、彼の仕事場も見に行って、周囲を探っても何もなかったんだよね。だとしたらこれ以上、試すようなことをするのは気の毒だと思うよ」
俺の手首を掴んだ鬼崎さんは本気で怖くて、別れ際の鬼崎さんは本気で傷ついていた。あれが俺の知りたかった鬼崎さんだったのだろうか。
あの本音はあんな形で引き出しちゃいけないものだった。俺は最低なことをしたのだ。
「ごめんなさい」
うつむくと、髪の毛をくしゃくしゃとされる。
「それは鬼崎さん本人に言ってあげないと。とは言っても今日は二人とも別々に頭を冷やしなさい」
「はい・・・・・・、明日謝ります」
「よしよし、きみは物分かりがいいね。誰かさんと違って」
柚元さんが振り返る。語尾を強調され、ぽつんと突っ立っていたサビが「え」と声を上げた。
「圭一ぃ、ひどくない?」
恨めしそうに眉を吊り上げる顔を見て、張りつめていた気持ちが笑いと共に弾けた。吹き出した俺を、サビが「蓮太郎までっ!」とど突く。
俺たちのじゃれあいを柚元さんは笑って見ている。
でも鬼崎さんはきっと、俺が出て行ったあの日のように、ひとりきりのベッドで丸まっているかもしれない。
今朝使ったマグカップは洗ってあっただろうかと、気を取り直した俺は鬱々と考えてしまう。
しかし一晩しっかり寝て、出してもらった朝ごはんを食べて頭が冷えた。
俺が不安に思ってたのは、なんだったのか。ようやく身に染みてきた感じだ。俺が気にしないといけないのは外側じゃなくて、内側。よそ行きの鬼崎さんじゃなくて、誰にも見せられない内に秘めた姿。
昼ごろまで動物病院のお手伝いをさせてもらい、もうすこし居てよ~とごねるサビと柚元さんに礼を伝え、家に帰った。部屋がどこも荒れていなくて、心からホッとした。
やけ酒をした形跡もなく、脱いだ服は洗濯物入れに大人しく収まっている。
———よかった。俺が思っていたような、落ち込みかたはしていなかったみたいだ。
ソファに腰を沈め、スマホが切りっぱなしであったことを思い出した。電源を入れ直すと、鬼崎さんからのメッセージはない。肩を落とすが、こちらも送っていないのだからお互い様。
何通もきているのは、田米さんだ。
了解と昨晩の返信があり、・・・あとはつい数分前に連続してきていた。それも、メッセージではなく着信。
何かあったのかと不安がよぎり、かけ直そうとした同じタイミングでバイブが鳴り、ビクンっと肩が震えてしまった。
「は、はいっ」
慌てて出る。田米さんの息をつく音が、最初に聞こえてきた。
「あー、繋がってよかった」
「あの・・・すみません、電源を切ってて」
すると俺の言いわけに被せるように「鬼崎が」と言われ、今度は心臓が跳ねた。
「鬼崎さんがどうしたんですか・・・・・・?」
「ああ、鬼崎が疲労でぶっ倒れた」
瞬間、頭が真っ白になる。
「え?」
「朝からめちゃくちゃ寝不足そうだったんだよな。仕事中にいきなり倒れて、しばらく意識なかったんだけど、でも幸いなんともなかったから大丈夫だ。今は目を覚ましてる。いちおう心配だから、タクシーで帰すから。面倒みてやって」
早口にそう説明され電話を切られたが、ちゃんと返事をしたかさえ曖昧だった。寝不足は俺のせいだ。鬼崎さんを倒れるほど追い込んでしまった。
カタカタと身体が震え、彼を失っていたかもしれない仮定の現実がぶわっと襲ってきて恐ろしくなった。こうなってしまうのなら、もう何があっても二度と離れたくないと思った。
ほんとに俺は馬鹿だった。
心底、離れたくないと感じているくせに、後戻りできないくらいの都合の悪いことが目の前に出てきたらどうするつもりだったんだろう。
その人を愛しているかどうかは相手がどうこうじゃなくて、俺自身が決めることなのだ。
もしも鬼崎さんが別の誰かに心の何割かをあげていたとしても、俺が百パーセント鬼崎さんを好きで、一緒にいたいと思うのなら、俺は自分の好きを貫けばいい。鬼崎さんが明かしたくないことを無理やり暴くのはもうやめにする。
それから、ぼうっとしていた。玄関の鍵を開ける音で、鬼崎さんの帰宅に気がついた。
玄関まで走り、詰まった喉をこじ開けるようにして声を出す。
「おかえりなさい!」
鬼崎さんは俺を見て、やつれた顔で「ただいま」と言った。
何も訊かない。受け入れる。笑う。
意識していれば簡単だ。俺は鬼崎さんを抱きしめた。
「おつかれさま、早かったね。今日の仕事はおしまい?」
「蓮太郎、もう芝居はしなくていい」
「なに言ってるの?」
「田米と知り合いだったんだろう? 蓮太郎に電話をしたと言ってきたから、どうして連絡先を知っているんだと突っ込んだら口を割った」
俺は笑顔のまま凍りついた。
「怒って・・・・・・る?」
いやいや、何を訊いてるんだ。怒ってるに決まっている。勝手に周囲をうろつかれて、信用していないも同然の行いをされて、怒らなかったら逆に心配になる。
鬼崎さんは靴を脱ぐ気力も残っていないのか、玄関の壁に背中をつけ、ずるずると座り込んだ。
苦しいことを抱えているなら、教えてほしい。
できることがあるなら、教えてほしい。
しかしグッとすべての感情を呑み込んで、鬼崎さんのビジネスシューズの靴紐を解いた。何も言わず。
「蓮太郎、もういいから」
何がもういいのと思うけれど、靴紐を解き終わり、無視して靴を脱がしにかかった。
「ハードスケジュールだったから疲れてるんでしょ。それなのに、昨日はごめんね。はやくシャワーして寝ないと」
だからこの話はこれでお終い。そう言ってやるみたいに、俺は「ほら立って」と、ぐずぐずしている鬼崎さんを引っ張りあげ、洗面所に連行した。強引に背中を押してドアを閉め、着替えを取りに階段を駆けあがる。途中で我慢ができなくなり、すとんと腰からしゃがみ込むと、ぱちんと頬を叩いた。
「しっかりしろっ、普段どおりに、普段どおりに」
同じことを繰り返さない。二度と俺からこの関係を壊さない。
そう唱えてから俺は立ち上がった。たまに洗濯を手伝っているので、鬼崎さんのクローゼットの中身は把握している。手早く部屋着を選び、シャワーを浴び終える前にそっと届けておいた。
シャワーから出てきた鬼崎さんはすっきりとした表情だった。熱い湯で身体がさっぱりすると、心もさっぱりするという効果は伊達 じゃない。
「なんか食べる?」
「気を使わなくていい」
「使ってないよ」
そう言い、カップラーメンの三段タワーをテーブルにドンと置いて見せつけた。
お湯を注いで待つだけだ。この程度で気を使っていると思われたくない。
「どれにする? 疲れてるなら鶏白湯がおすすめ」
「じゃあそれを」
「おっけー」
湯を注いで五分の、ちょっとお高いカップ麺。出来上がった麺を啜っている姿を見て、この人が無事に帰ってきてくれて良かったと心から思う。俺はぼんやりと湯気の立った箸先を眺めた。
「蓮太郎、蓮太郎!」
夢の中で響いているような鬼崎さんの声が突然はっきりと大きくなり、目を見開いた。
「あ、なに?」
うっかり、うたた寝でもしてたのかも。背筋を伸ばすと、鬼崎さんはスープしか入っていない器を箸でつつきながら、言いにくそうに話しはじめる。
「フードフェス初日の日のことなんだが」
いきなりの気まずい話題だ。何も聞かれていないうちに、べらべらと口が動いた。
「え、うん、フードフェス・・・・・・フードフェスね! 鬼崎さんの働いてるとこ、かっこよかったです」
「それだけか?」
「え・・・・・・はい、それだけ、え?」
もっと感想を言ったほうがよかったのかなと、俺は焦って言葉を探す。だが今、俺の頭は思考能力を放棄していた。他には、何も思いつかない。
「ごめんなさい。それだけです」
「なら、いい」
納得しているのか疑わしい口調。じいっと鬼崎さんの顔を観察していると、目を逸らされてしまった。
言葉を途切れさせると、鬼崎さんは「ごちそうさま」と席を立った。引き止めるのはやめにしたほうが良さそうな疲れた背中だ。
リビングを出ていく鬼崎さんに、俺は「おやすみなさい」とだけ声をかけた。
鬼崎さんは次の日の夕方まで起きてこなかった。半日以上も寝続けるなんて、とてもめずらしい。途中で見に行ったときには、息をしているのか不安に思うほどに静かに眠っていて、たまらず近寄って口元に手をかざしてしまった。
けれど寝顔はちっとも安らかじゃなくて、苦しそうに眉根を寄せていた。熱はなさそうなのに、額をじっとりと覆った汗が凄い。
俺は冷やしたタオルで汗を拭った。そのときの刺激で起きてしまいそうになり拭うのはやめ、数分間、窓を開けて空気を冷やしてから部屋を出た。
リビングで新聞片手にテレビのイブニングニュースを見ていると、その間に鬼崎さんが起きてきていたらしい。真剣に見ていたので、キッチンの流し台から水が流れる音がするまで気がつかなかった。
振りむいた先で視線がばちんと合い、すかさず逸らされ、明らかに拒絶を示される。
あれだけ寝ていたのに、目の下には暗い影ができていた。
「あんまりよく眠れなかった?」
俺の問いかけに、鬼崎さんは答えなかった。冷蔵庫を開けペットボトルを取り出すと、ミネラルウォーターの水を喉に流し込んでいる。
「・・・・・・喉いたい?」
会話のタネになればと訊ねた問いかけにも無言。
感じが悪いというよりは、困っているのだ。話すべきことを考えあぐねている。
「俺、大学いってくる」
無理な言いわけをして、俺は鬼崎さんの前から逃げた。今日が祝日であることはカレンダーを見れば丸わかり。しかも、イブニングニュースの時間帯。
家を出てからは、仕方なくチェーンのファーストフード店に入った。ドリンクを頼み、かばんの中身の勉強道具を形だけでも並べてみる。
———なにやってんだ、まったく。
俺が逃げだしたことで、気まずさに気まずさをさらに投下してしまった。
「家に帰りずれぇよぉ・・・・・・」
今のところ、俺の行動は全部が見事に空まわりしている。犬の真似をした悪戯からはじまり、勝手に家出をしたこと。鬼崎さんのくれる愛情に満足できず、プライベートに土足で踏み入ろうとしてしまったこと。
過去をぐだぐだ言ったって一つも解決しないから、口ではしていないと言ってみるけれど、その全ての行動は俺のためのもので、鬼崎さんのためを想ってしたことはない。
無力感を思い知らされる。
俺は、大切な人のために何もできないのだ。
その後三時間ほど滞在し、店員の視線が厳しくなってきたのでファーストフード店を退散する。とぼとぼと家に帰ると部屋の明かりがついていた。
玄関にあがり、首輪をつけてリビングを通り過ぎ、鬼崎さんの声に足を止める。
鬼崎さんはだれかと電話中。
激しい口論というわけではないけれど、険悪な雰囲気が伝わってくる。盗み聞きしてしまったことにハッとして自室に行って寝ようとしたが、不意に俺の心臓が脈打った。
———俺ができることって、何もない?
リビングの中を覗けば、電話を終えた鬼崎さんがソファに脱力して座った瞬間だった。
無駄にたくさん眠ったせいで、休むに休めないのだろうか。疲れきった顔をしてタブレットPCを開いた鬼崎さんをどうにかしてあげたくて、俺の足は無意識にリビングに向いていた。
「鬼崎さん、ただいま」
「・・・・・・ああ、蓮太郎か。おかえり」
視線は逸らされてしまい、俺は鬼崎さんの足の間で膝をついた。そしてキーボードを叩いている手を取り、自身の首輪に触れさせた。
「鬼崎さん、触っていいよ」
「蓮太郎、ペットのフリはやめようって話をしただろう?」
「でも、でも、俺はこういうのしか思いつかないよ。鬼崎さんだって嬉しそうしてくれたじゃん。俺の前では我慢しなくていいんだよ? 俺に首輪をつけさせたいから、これを渡したんでしょ?」
「それは・・・・・・、違うんだよ」
離れようとする手を握りしめて、俺は鬼崎さんに顔を寄せる。
「もう今は黙ってて。気持ちよくさせてあげる」
「蓮太・・・・・・ろ・・・・・・ん」
自分が主導権を握るのは最初に悪戯をしたとき以来かもしれない。なんだかんだ言っても俺だって男だから、本気を出せば押さえつけるくらいの力はある。鬼崎さんはスイッチが入るまでは手加減してくれるし、エッチなことをしてもらって抵抗する男はいないでしょ。
俺は鬼崎さんにキスをしながら、膨らんだ股間を撫でた。
「ちゃんと反応してるよ」
「・・・・・・っ、やめなさい」
鬼崎さんは怒ったような顔をする。
「やだよ、やめない。鬼崎さんの身体中をぺろぺろし尽くすまでやめない」
鬼崎さんの身体はひんやりと冷たかった。キスして、舐めて、口を使った愛撫を施していると、じっとりと汗ばんでいく。
すっかり裸に剥いた半身を下へとたどり、股間をくつろげ、見慣れたものを口で咥えた。
鬼崎さんは抵抗していたけれど、しだいに欲に任せるように、手を使わずに頭を上下させる俺の動きにあわせて腰を振りはじめた。
頭を押さえつけられ本能で息苦しさにうめきたくなったが、こらえる。俺は気を紛らわすために、自分の下半身に手を伸ばして扱いた。
「蓮太郎・・・っ、辛いだろ」
気づかうくせに乱暴な動きで腰をグラインドさせる鬼崎さんが滑稽で、かわいそうになってくる。自分よりも全てにおいて大人である男性を「かわいそう」だなんて、あまりにも違和感のある言葉だ。
そう思ってしまうのは、鬼崎さんが弱って見えるからなのだろうか。
激しい出し入れを繰り返し、鬼崎さんは吐精した。粘つくような濃い精液をこくりと飲み干してから、濡れそぼったままの竿にふたたび舌を絡める。
「もういい、ありがとう」
「やだよ。だって愛情表現だよ?」
「・・・なに」
「犬がご主人様を舐めるのは大好きだからだって言うじゃん。犬を飼ってたことがあるなら知ってるでしょ?」
その瞬間、鬼崎さんの顔が曇り、俺は失敗したと悟った。
「ごめんなさい・・・・・・、調子にのりました」
どうしようもなく重く沈んだ空気に息が詰まりそうだった。ペニスを喉に突っ込まれたときよりも苦しいかもと例えてしまうのは、今の行為のあとだからで、・・・・・・まじでそれはどうでもよくて。
いっそのこと怒って暴力的なプレイに移行してくれたほうが場の空気がもつ。
でも見上げた鬼崎さんの顔は頑なに疲れた表情で、その展開はありえない。癒やしてあげようとしたつもりが、逆効果だったと俺は身にしみてわかった。
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