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夏は合宿⑱

 もっとこの辺りを見てみたいと堀越くんが言ったので帰りは来た時の道は通らずに、コンビニの脇の道路を北に向かって杉林に沿ってセミの声の降り注ぐなか自転車を走らせた。 「なんかさあ、」  堀越くんはぼくの後ろで自転車を漕ぎながら言った。 「うん」  緩い上り坂にまだ差し掛かったばかりだっていうのにぼくはもう既に息が切れている。 「ここら辺一帯ぜんぶが、増田くんって感じがする」 「どういうこと?」 「なんとなく、だよ」  ぼくって感じってどういうことだろう。「つまらない」ってことだったらやだなぁ。そう思って立ち漕ぎしながらチラッと後ろを振り向いてみたら堀越くんは興味深そうに辺りを見回している。あまり退屈をしているようには見えないけど……。  のどかな田舎の風景と言ったら聴こえは良いけれどぼくにとっては「何も無い」風景の中、でも堀越くんとお喋りをしながら自転車を走らせるのは楽しくて家に帰り着くのがもったいないくらい。帰ったらまた勉強をして、飽きたら妹から借りたスーファミで遊ぼうかなと思っていた。なのにまさかその後とんでもない事が起きるだなんて……。 「……な、何で?」  信じられない光景を目にしたぼくが咄嗟に口に出来た言葉はそれだけだった。帰ったら庭に数台の自転車が停まっており、茶の間には女子がぞろぞろいて、その奥では妹の佳純が不機嫌そうに顔を顰めていた。唖然とするぼくの後から堀越くんが茶の間に入ってくると女子達がわーっと歓声を上げてそれから口々に言った。 「普通!」 「思ったより普通だ!」 「うん、普通、普通」 「えーっ、普通じゃん」  ぼくは隣に来た堀越くんにやっとのことで「普通って何かな」と言った。堀越くんは「さぁ?」と肩を竦めた。 「思ったよりも普通だったー。ってゆーか佳純ぃ。佳純の兄ちゃん全然チビじゃないじゃん。そこそこ背あるじゃん」  そこそこって! それ全然褒めてないよな。しかも佳純はそれにこう言い返した。 「つい最近までチビだったの! 別に今だってそんなに高くないし!」  酷い、酷すぎる……。  愕然とするぼくをよそに女子達の無邪気な攻勢は止まらない。肩くらいまでのおかっぱの毛先がくるんと一巻きしている子が進み出てきて堀越くんに、 「あのぉー、先輩。先輩のお名前はなんていうんですか?」  と言い、堀越くんがなんでもなさそうに「堀越です」と答えると女子は声を揃えて感嘆した。 「普通だぁ〜!」  さっきから普通普通ばかり言ってるけどいったい全体この子達は何をしにうちに来たのだろうか? 「はい、堀越先輩!」  今度はショートカットでガッチリした体型の女子が挙手しつつもう片方の手で挙手している方の腋を隠しつつ質問した。 「下の名前は何ですか? 堀越何さん?」 「リュウセイ」 「漢字ではどう書くんですか?」 「流れ星って書いてリュウセイ」 「わーっ、芸能人みたーい!」 「……。恥ずかしいから、苗字で呼んで」  堀越くんは本当に恥ずかしそうに頬を赤くして手で顔を覆った。いけない! こんな時にぼくが唖然呆然としていてはダメだぼくが堀越くんを守らなくちゃと思ってぼくは堀越くんと女子達の間に割って入った。 「はいはいはいはい、ちょっと落ち着いて。ていうか君たち、一体何しにうちに来たの?」  すると佳純の友人達は屈託のない笑顔で声を揃えて言った。 「本物のホモを見に来ました!!」 「はぁーーーーーー」  夜、ぼくはすっかりぬるくなってしまっている一番最後の残り湯に浸かって超長ーいため息を吐いた。ぼくの考えていた合宿のプランは佳純とその友人達のおかげで台無しになってしまったけど、それがつまらなかったかというと案外そうでもなくて、誰かが持ち込んだ64(ロクヨン)でマリカー大会をしたりぼくと堀越くんとで作ったカレーを皆でわいわい食べたり食後は花火大会をしたりとか、ぼくも堀越くんも女子のノリにかなり流されていたっていう。「本物のホモを見に来た」なんて言われた時はどうなるかと思ったけど、皆良い子達でよかった。  女子達はぼくと堀越くんが常に隣同士で居られるように気を遣ってくれてもいて、結局、一番つまらなそうにしてたのは佳純だった。今日、予定を急遽変更してお泊まり会の場所をうちにしたのは「不可抗力だった」と佳純は言い訳していたけど、皆が一緒になってぼくたちの事をキショいって糾弾してくれる事を期待していたのだろうか。  まぁ……、ぼくと佳純の仲が悪いのはいつものことだし、でもそんな佳純も堀越くんに対してはぼくに言うような罵詈雑言を投げつけたりはしなかったし、そればかりか夕飯の後片付けの時に堀越くんと普通に会話してたから、結果オーライみたいなものだろうか……。  佳純とその友人達は床の間つきの部屋に雑魚寝するといい、二階には佳純が自分の部屋に必要最低限の用がある時以外は近づかないと言ってくれた。おかげでお風呂の後はぼくはぼくの部屋で堀越くんと二人きりでゆっくりできるわけだ。  部屋に戻ると、堀越くんは布団に仰向けになって漫画本を読んでいたのだが、その表紙にぼくは目を疑った。 「そ、それは……!?」 「うん? 佳純ちゃんのお友達が貸してくれたやつ」  少年漫画の偽物……を、普通の漫画を読んでいる時のように顔色一つ変えずに堀越くんは読んでいた。 「堀越くんってこういうの読むの?」 「いや、初めてだけど。結構面白いよ。増田くんも読んでみなよ」 「うーん……」  あまり気乗りはしないけど、堀越くんがそう言うのなら。ぼくは自分の布団に腰を下ろし、堀越くんからなかなか厚みのあるソフトカバーの漫画本を受け取った。数年前に連載もアニメも終わったバトル漫画……の偽物。この間の偽物漫画はただのエロ本にしか見えなかったけど……。 「う゛ーっ」 「な? 結構いいだろ」  ぼくは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしてうなずいた。 「絵が全然似てなくて言われないと誰が誰だか分かんないレベルだけどセリフはちゃんとそれっぽいし何よりストーリーがすごくよかった……」 「ほら、拭いてやるからこっち向いて」  言われたとおり堀越くんの方を向くと堀越くんはぼくのびしょびしょになった顔を丸めたティッシュで優しく拭いてくれた。ぼくは堀越くんからティッシュを箱ごと受け取りティッシュを数枚重ねにして鼻をかんだ。その時ふと視界に入ったのが堀越くんの着ているTシャツに描かれた「アムロ波平」で思わずプッと噴き出してしまった。 「ふふっ、なにそれ」 「いいだろ?」  堀越くんは見せびらかすようにTシャツの裾を引っ張ってみせた。 「それ本当に着ている人、初めて見た」 「あー、寝間着代りにな」  一階で母が女子達に「いい加減もう寝なさい!」と怒っているのが聞こえた。ぼくらももう寝ることにして、明かりを消した。

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