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夏は合宿⑰

「おーい、リュウくん」  階下からの声に堀越くんはむくりと起きて部屋を出た。ぼくも堀越くんのあとを追う。廊下に出ると階段の一番下のところから堀越くんのお父さんがこっちを見上げていた。 「おやっさん、そろそろ帰るよ」 「おー」 「木曜のお昼前に迎えに来るから、それまで良い子にしてるんだよ」 「はいはい」 「冷蔵庫を開ける時は、お家の人に一言聞いてからにするんだよ」 「わかった」  まるで小学生に言い聞かせるようなことを堀越くんのお父さんは言い聞かせしかも堀越くんも小さな子供のように大人しく応えているからぼくはクスッと笑ってしまった。ぼくたちは母や伯母さんたちと一緒に外に出て、堀越くんのお父さんの車がすっかり見えなくなるまで手を振って見送った。 「やだ、もうこんな時間! お母さんパートに行かなくっちゃ」  母が今頃になって慌てだし、 「じゃあおばちゃん達もそろそろ帰るわね」  と伯母さんたちも帰って行って、ミンミンゼミとツクツクボウシが鳴きまくっている以外は静かな庭にぼくと堀越くんだけが取り残された。 「はぁ……」  思わず出た溜め息がカブってぼくらはすかさず「ハッピーアイスクリーム!」と叫んだけれどそれも互いに相手の肩にタッチしたのもやっぱり同時だったのには爆笑だ。 「それで、今日はどんな修行をするの?」 「えーとまずは宿題をするでしょ。一階の奥の部屋に大きなテーブル出しといたからそこでやろ。それからお昼には焼きそば作って食べて、午後はまた勉強して、おやつの時間になったら自転車でコンビニにアイスを買いに行こう! で、妹にスーファミ借りたからそれで遊んで、夜ご飯はベタにカレーを作りまーす」 「おー、いいじゃん。オッケー、オッケー」  勉強道具を持って茶の間の隣に案内すると、堀越くんは床の間を見て「テレビに出てくる家みたいだ」と感動していた。デコボコした床柱とか、「福笑門自来」と書かれた掛け軸とか床板の上に置かれたガラスケース入りの鎧飾りとかが堀越くんには珍しいらしい。思えば線香の上げ方を知らなかったり、お父さんに冷蔵庫を勝手に開けないよう注意されていたりもして、ぼくが当たり前だと思ってきた物事を堀越くんは知らないんだなって。でも、うちみたいに凄い田舎の農家ではないのに農家っぽくてしかも近場にいる親戚はみんな農家みたいな家と、街なかで今風に住んでいるお家では色々と違うのかな。そういえば昔母の友達の家に連れられて行った事があるけれども、そこは団地の一室で飾る床の間もないからとお内裏様とお雛様だけの雛飾りが玄関の靴箱の上に飾られていたっけ。 「堀越くんってあまり他人(ひと)ん家に行ったりしない?」  ぼくは古文の問題集と参考書を開いて言った。 「時々は行くよ。でも親が家にいない時に行くから、今日みたいにお母さんとかが出迎えてくれるのは初めてだな」  そう言った堀越くんはまだ床の間に気を取られている様子だ。 「親が家にいない時……」 「うん。つるむのって、基本類友ばっかじゃん? 親が五月蝿くない者同士で、遊びに行くっていうよりか溜まるって感じで。溜まり過ぎて怒られないように代わり番こで今度は誰々ん家にするぞーって。増田くんはそういうのしないの?」 「したことないなぁ」  実をいうと同級生がうちに来たことは何度かあるけど友達から家に呼ばれた経験がぼくにはない。人はぼくの家に来たがるけどぼくを家に上げたがりはしないんだ。だから堀越くんはぼくにとっては滅多にいないタイプの人だ。ぼくが後で遊びに行ってもいい? と聞いたら「がっかりすると思うよ」と言いつつも「いいけど」と言ってくれたんだから。 「そっか。まあ、その方が良いのかもしれないよな。友達の家溜まり場にしてるようなヤツなんかろくなもんじゃないよ。そういえば、友達ん家にも壁に床の間らしき凹みがあるとこはあったな。ただどこもゴミで埋まってたけど」   堀越くんがそう言って笑うので、ぼくは心臓をぐっさり刺されたような気持ちになった。実を言うとこの床の間も、堀越くんを迎えるための大掃除をするまでは、ゴミが(うずたか)く積み上がっていたんですけど……。 「さて、宿題やるか」 「そ、そうだね」  そうだそうだ。合宿言い出しっぺのぼくが余計なことを考えて気を散らしていたら格好がつかないよね。それから二時間ばかりぼくたちは差し向かいで黙々と宿題に打ち込んだ。時々顔を上げ、堀越くんが真剣に問題集を解いているのを眺めた。堀越くんも同じことをしているらしく、ふと顔を上げたら堀越くんと目が合う事があって、そんな時はテーブルの下で膝をツンツンとつつき合った。  お昼に焼きそばを作る時、堀越くんは実は料理って学校の調理実習くらいでしかしたことがないというから、ぼくが教えて堀越くんが作業をする感じだった。たどたどしい手付きで堀越くんは包丁を使いキャベツを切った。何かに苦戦する堀越くんだなんてとても貴重な姿だ。焼くのはぼくがやったけど、フライパンを振る姿がカッコいいと言われて恥ずかしくなってしまった。出来上がった焼きそばはちょっと焦がしちゃったんだけどとても美味しかった。食べた後の皿洗いは堀越くんがやってくれたけどその手際がすごく良くて惚れ惚れしてしまった。  お昼のあとはまた勉強をして飽きた頃に最寄りのコンビニを目指して出かけた。ジリジリと暑くてひたすら田んぼだらけの道を自転車を漕いでいく。最初は二列でしゃべりながら漕いで、道端に祀られている小さな観音様やとっくの昔に潰れた雑貨屋さんなんかのことを話した。昔、祖母と散歩の途中にそこに寄ってダブルソーダを買って貰い妹と半分こして食べた事があると言ったら堀越くんもよくお兄さんと半分こしたというので、じゃあコンビニにあったら買って久しぶりに食べようってなった。  国道に出たら一列に並ぶ。この道は結構事故が多いっていうのはぼくだけじゃなくて堀越くんも知っていてなぜなら堀越くんのお兄さんの仲間がすぐそこのカーブで交通事故を起こして亡くなったからだとか、その他色々な話を道路の白線とアスファルトの崖っぷちの僅かな隙間に自転車を走らせつつ、横を通り抜けていく自動車の騒音に負けないように大声で話した。  ダブルソーダは残念ながらコンビニには置いてなくて、かわりにガリガリ君を買って駐車場の車止めに腰掛けて食べた。午後三時になるというのにまだまだ真昼のように日が高くて駐車場には日陰がない。堀越くんが「そろそろ、髪、切に行かないとな」とつぶやきながら前髪を掻き上げる仕草と首筋を汗が流れて行く様子をぼくはうだる暑さの中にも拘らずなんだか満ち足りた気分でうっとりと見守った。

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