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3.その顔を見ていると

 湊兄との勉強が始まってから季節はもう冬になった。  暖房のせいで勉強していても暖かすぎて眠くなってくる。 「……だから、ここは……あ、絢くん。船漕いでる。休憩しようか」 「ん。ごめん。平気」 「そんな眠そうな顔して言われてもなぁ。ほら、少しベッドに横になりなよ。絢くんは飲み込み早いし、この調子なら大丈夫。だから、ほらほら」  湊兄にベッドに押しやられて、ついでに布団までかけられた。  そんなにニコニコされても困るんだけど。 「何でそんなに笑ってんの?」 「だって、本当に眠そうだから」  ふふ、と笑う湊兄を見ていると、机の上においてあるスマホが着信を知らせる。  あの音は湊兄のスマホだ。 「あ、ごめん。音消してなかったね」  湊兄が申し訳なさそうにスマホを手に取る。  気にしているから、確認どうぞ、と一言声を掛けた。 「ありがとう」  そう言うと湊兄はスマホに視線を落とした。  何かを確認しているかと思ったら、表情が優しくなっていくのが分かった。  眠気が急にひいてくる。  なんだ? 胸の奥がチクリとする。 「……何、彼女?」  適当に言ってみたら、湊兄の顔が赤くなってくる。  オレは逆に体温が下がってくるのが分かる。 「え? もう、何言ってるの? 大切な人だけど……」  大切な人――  そのワードだけで、心が重くなってくる。  何だ、何だこれ。 「……俺のことはいいから。何か具合悪くなってきたし、今日は寝る」 「具合悪くなってきたって……絢くん大丈夫?」  慌てた湊兄が俺の額に手を伸ばしてきたので、反射的にその手を払う。  湊兄は驚いた顔をしてから、申し訳なさそうに眉を下げる。 「ごめんね、気づいてあげられなくて。今日は帰るから、ゆっくり休んで」  そういう湊兄の顔を見たくなくて、ふい、とそっぽを向く。  無言に耐えられなくなったのか、湊兄がそのまま静かに部屋を出ていった。  オレはそのあと食欲もわかなくて、無理矢理に寝てしまった。 +++  その何日か後にいつもの勉強の日が来た。  何となく気乗りしないけど、勉強のために湊兄に来てもらった。 「体調、大丈夫?」 「平気」 「無理しないで、すぐに言ってね」  オレが無言で頷くと、湊兄は俺の頭を撫でようとする。  なんとなく、拒否するように身体を離すと湊兄の手が途中で止まる。 「ごめん……嫌、だったよね。じゃあ、始めようか」  申し訳無さそうな湊兄の顔を見ていると、どんどんと心が沈んでいく。  でも、この人には大切な人がいるんだから。  本来はこの時間すら迷惑なのかもしれない。  そう思うと、素直に顔を見るのも、触れられるのも、良くないことのような気がした。  勉強を始めようとテキストを開くと、今度はバイブ音が耳に届く。  湊兄がパンツのポケットに触れたので、見たら? と一言言った。

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