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第16話

「なにを、言って……」 あたりはシンと嫌な静けさに支配されていた 輪郭をなぞるように冷や汗が流れる 何を言っているんだ 僕が邪神の御子?見当違いも甚だしい そう思っているのに言葉が出なかった 周囲の視線が僕を突き刺す それがただ、恐ろしかった 「…我が子を愚弄するか!身の程を知れ痴れ者が!!」 国王陛下…父上が怒りを露わにして詰め寄ろうとしたが騎士団長に止められた 「ハッ!カカシの王風情が!お前たちの、罪は消えはしない…そうだ、許されるはずはない、許してはダメだ、おお昏き空に座す我らが神よどうか、どうかその御霊で救いを、御子よなぜ、なぜ我らを、お見捨てになったのですか!?」 様子がさらにおかしくなった伯爵は血の涙を流し 僕を睨む それは心からの憎悪、そして陶酔 一貫性のない言葉、まるで別の何かが喋っているような… 「神官よ 穢れを祓え」 「はい!」 控えていた神官達が伯爵を囲む そして祈りを捧げる 陣が浮かび聖なる結界に奴は包まれた さすが国一の神聖術師たちだ 高位の神官だから神聖力が強いようで中に閉じ込められた伯爵は苦しみもがき始めた だがやはり先ほどの聖女のようにいかず、彼女がどれほど化け物じみた力だったのかわかる 僕は痛む頭の中で不思議とそんなことを考えていた 「グフッ!?フハ、フハハハッ!!見ておられますか神よ!憎き地に蔓延る有象無象どもを…ア、アアアッ」 またこの狂信者の様子が変わった 静かになり俯く その静けさが不気味で 誰もが固唾を飲んで見守る そして奴は 僕を見た 「オハヨウ」 その瞬間神官達は絶命した 強大な狂気 それは精神どころか肉体まで侵食して破壊した なぜ、僕はそんなことがわかるんだ 見つめながら思う もし神官達が高位の結界を張ってなかったらみんな死んでいたかもしれない そして僕は崩れた結界の光の粒子が虹のように散る中 僕の脳裏に見えた 「アッ」 …………ヒビ割れる 坊ちゃん!なぜ逃げたのですか!? 一番そばにいたものが僕を責める なんて恐ろしい子なの…穢れているのね 愛した母はそう言って涙する 許してくれ、こうするしかなかったんだ 友と呼んだものが血に濡れた手で己の顔を覆う 愚かだ 実に愚かだ 夢ばかり見て現実から目を背けるからそうなるんだよ 思い焦がれた白が笑っていった 死んでくれ それが皆のためだ 尊敬していた兄がそう言った セウス、どうしてだ、なぜ、俺を信じてくれないんだ 最愛の人が泣いていた 「ア、アゥアッアアアッ!!!」 精神が 侵食される 「悪きものよ恐れなさい 苦しみは遠のき 心に救いの光を」 「口を閉じ 目を開くな黒き愚者よ 汝はここに在らず」 聖女が神々しい光を放ち狂気を祓う サイファーが術式を展開して結界で遮断した 高速で展開された術で侵食を防いだようだ 僕は燃えるような痛みから解放されてから地面に吐いた だが胃液しか出ない 焼けるような痛みと苦味が口に残る 「坊ちゃん…」 「セウス!」 二人が心配してくれるがそれどころではなかった 「君は相性が良すぎるんだね」 サイファーが微笑みながら言った 「可哀想に…いま癒しを」 伸ばした手をサイファーがとめる 「あなたはもう力の余力がないでしょう。下がりなさい」 「ですが!」 「どうか聞き分けを」 「……」 聖女は見た目の年頃らしく悔しそうな顔をした それを慰めるようにサイファーが手を握る サイファーが展開した結界は寒色で揃えられたステンドガラスのような結界が静かに鎮座している 「あれはもうダメですね。彼の意識に降りてしまった」 彼は淡々と告げる 「な、何がだ」 父上が恐る恐る聞く 「邪神ですよ」 当たり前のことのように言った 「じ、邪神だと!?そんな馬鹿な、あり得ない。神話の存在ではないか」 「そうですね。本物ならこの世界が滅びます」 その言葉に一同が驚く 「なぜそのようなものが、今」 「それは…まぁ都合がよかったのでしょう」 「何のだ」 「普段神は地上など見ません。どうでもいいのですから。地上など地を這う虫だと思っていますからね」 神聖皇国の国民であるサイファーがそういう 邪神相手だからそう言えるのだろうけど… 「あ」 サイファーが高い声を発した 「どうしたのだ」 父上が率先して尋ねる 「彼が死にましたね」 指を差した先に封じ込めた結界があった 「死んだのか。ならもう…」 「えぇ、大変なことになりましたね」 「どうしてだ!死んだのなら解決したのでは…」 「ただの供物ならそうですが、邪神は見つけてしまったみたいですから」 チラリをこちらを向くがすぐ逸らされる 「なぜ」 「ここで言い合っていても埒があかないですね。この後の展開をご説明致します」 ふぅとため息を吐く 「この後大群が来ます」 「大群!?」 「ええ、闇の眷属の大群です」 「そ、そんな」 それは神話の軍勢だ 神々の領域にて、神々と昏き深淵にいる魔の軍勢との長き戦争時に突如、空が割れそこから異界の存在が現れたという それが闇の軍勢 神話では全能神の雷と魔神の炎によって倒されたという そんな規格外どうすればいいんだ サイファーが嘘を言っているようには感じられなかった 「し、信じられない」 一同がその事実に慄く 「私の結界が解ければあの中身を贄に門が開くでしょう」 垂れた前髪を耳にかけながら言う 「終わりなのか、この世界は…」 母上の肩を抱き寄せながら父上は言った 「いえ、方法はあります」 「真か!」 一縷いの希望に縋る 「正確にはアレは完全には目覚められない。ですから闇の軍勢も規模は少ない。なぜならあの贄ではそもそも門が満足に開きませんから」 淡々と告げる 「現在の総力戦なら何とかなる、と思います」 サイファーがそう言い終えると 指を鳴らす すると結界が砕けた そして黒い中身が空に登る 「丁度ここにはそちらの最大戦力。そして無色の道化と、我が皇国の銀星の騎士がおります」 離れた先で細く微笑んでいる。ヴァージル王子のそばにいた魔術師…無色の道化と呼ばれた者が自分自身を指し嫌そうな顔をした 口元だけだけど 「……出現場所は観測できました。銀冠の騎士団の者がたまたま、プライベートでいる様なので応援を申請しました」 サイファーは片耳につけた魔道具らしきアメジストのイヤリングに手を当ててそう言った 事前に予期、または備えていたのかもしれない 「そちらの国の中央の空、東西南北に時空の歪みを観測。…現れると予測される敵数、数千」 「そんなに現れるのか」 「斥候ですよ」 そんなことを言った 斥候で国が滅ぶなど冗談話にもならない 「さて、これからのお話をしましょう」 パンと手を叩いて言った まるでお茶の誘いのように ▼ これから起きると予想させる出来事をサイファーが告げる 皆がその事実を飲み込むことができず暗い顔をした 「さて、出過ぎた真似をしました。そろそろ時間なのでお暇を…」 「な、何を言うんだね」 「おや、そちらのお国の事情であって国賓である我々には何も関係ないと思いますが。いくらこちらに戦力があるとはいえ干渉行為になりますし、あと私は代理指揮の判断を一任されております」 一礼した 「たが、我々には手段が…」 「国王陛下!お話中失礼いたします!」 ヴァーミリオン騎士団長が横から話しかける 「なんだ、今大事な話を」 「御言葉ですが、何卒討伐の役目をどうか我々にご命令ください」 恭しくも圧のある言い方だった それはそうだろう 他国に任せっきりでは立つ背がない 国力が疑われるからだ 「だが、しかし…」 「では、こうゆうのはいかがでしょう」 微笑みながらサイファーが手帳を開きながら言う 「正式に銀冠の騎士団に依頼という形で助力を申請なさればそちらの不都合なく事をなせると思いますが、どうでしょう」 「それはそうだが、そもそも銀冠の騎士団は国家間の問題には不干渉だったはず。それが戦争であれなんであれ、今までその体制を保っていたはず」 「おっしゃる通りです。ですがお忘れですか?」 手帳を閉じ片手にトントンと叩いた 「皇国に所在はあっても国が滅ぼうとも不干渉。ならば世界に点在する彼らはなぜいるのか」 「それは彼らが世界の厄災と戦うための存在だからです」 パンと音がして手帳はその手に受け止められた 「そうだったな。噂ばかりで判断がつかなかったが、その様に助力してもらえるとは知らなかった」 「滅多にありませんからね。まぁそれは普段から彼らが世界の危機と日夜戦っているからなのですが」 それは知らなかった 銀冠の騎士団とは十人の騎士達のことを言うらしい 一人一人が恐ろしく強く伝説になるほどの逸脱者だと噂に聞いた だが実際に目にしたものは少なく 本としてその伝説が語られており 正直眉唾な話だった 「私、異端審問官並びに代理裁定者として権限を執行します」 「この世界の危機のため、彼らの力をお貸ししましょう」 胸に手を当て片手を伸ばし サイファーが微笑んでそう言った 「では青薔薇の騎士団は国民の避難と誘導、そして退路を死守し。その上位眷属とやらを銀冠の騎士団の者とログナス達に任せるのでよろしいかな」 国王陛下を軸に僕たちは作戦を練った 立案したサイファー達は静観している 「はいお任せを」 ログナスが剣の柄を握りそう言う 「うむ。本当にその上位眷属とやらは三体だけなのだな」 「はい。現在確認できるのはそうですね。現れるまで残り十分ほどです」 周囲は慌ただしくなっていた 兵達は走り回り戦に向けて準備を進めている もともと警備が厳重であったため迅速に行動できていた 国民は兵に誘導され女子供は城内に隔離されている そして各々が配置についた 「体調、大丈夫?」 「わっ」 離れて椅子に座っていた僕の隣に いつの間にかサイファーが座っていた その横に聖女も 辺りには人が離れていていない ユダは母上が具合が悪くなってしまい 看病のためについて行かせた こちらを心配していたが任せた ログナスもしつこかったが自分の使命があると言い聞かせて他の騎士団と合流させた 「うん。なんとか」 「それは良かった」 優しく手を重ねられた 細くて白い手が冷たく心地よかった …なんで重ねるの? 「それはセウスの診察をしているからだよ」 「え、口に出してた?」 「そんな顔してた」 クスクスと笑われた 聖女は真顔だった… 「サイファー…まさか皇国の偉い人だったんだね」 「そんなでもないさ。代理って言ったでしょ」 「まぁ、でもすごかった」 「神聖皇国は神聖術の本山だからね。そこの審問官ならあれぐらいできないと」 そう言った 「……あれは」 「気にしなくていいよ」 「でも」 「ただの錯覚だよ。ちょっと覗いたら好みの子がいて無謀にも攫っちゃおうとする奴だから」 「そういうと身もふたもないね」 「フフ、そうだね」 優しく頭を撫でられる 子供扱いされているようで まぁ確かに子供だけど サイファーだって同じぐらいだろうに 「せ、聖女様はお身体は大丈夫ですか?」 一応身分の高いお方だし、輪の中で仲間はずれで話せないのも失礼だしと思って話しかけたが 無視された えー… 「ああこれ、もう空っぽだよ」 ぽんぽんと聖女の頭を叩く 「え?」 「こういうこと」 笑って指を鳴らす すると女王はガクンと項垂れた 「な、なにしたの!?」 「フフ、よく見てみなよ」 「えっ、えっと、あれ」 そこには女王だったものがあった 白い人形がある 「訳あって女王陛下は国から出られないんだ」 僕の頬を撫でながら言う 何でいちいち僕に触るの 戯れのように肌を流れる指に僕はドギマギとしてしまう 「すごい。人形操術…しかも遠隔で存在力、いや本人を投影してあるのかな!すごい技術だ」 僕は興奮しながらそう言った 「よくわかったね。そうだよ。一時的に本人の魔力を溜め込むことで遠くの場所でもそこにいるかのようにできるから便利なのさ」 人形を魔術で収納した 「…高次元の技術だ。まだ解明されてないブラックボックスの領域に近いんじゃないかな」 「そうでもないよ。まだ他者の魂の投影ができていないし、所詮その場しのぎさ」 大したことのないように告げる 「魔導魔術研究者なの?」 「趣味の範囲でね」 趣味のレベルじゃないと思うけど… 「そろそろだね。本当に君も行くの」 「うん…僕は見届けなきゃいけない気がするんだ」 「そうだね。それも一つの選択だ」 「僕も一応王子だからさ」 「そうだね。立派だと思うよ」 「…何もできないんだけどね」 「そんなことはないさ。君がいたおかげで私は知ることができた」 何を、と目で尋ねたがサイファーは静かに微笑むだけだった 「中央の闇が一番大きい。ログナス君は倒せると思う?」 「そうなんだ。でもログナスならきっと、できるよ」 「信頼しているんだね」 「…しなきゃいけないんだ」 呟くように僕は言った 「それも大事なことだよ。人は愚かだから、すぐ見誤る」 誰に向けての言葉なのだろう 「なら彼と共にいるといい。それが最善だと私は思う」 「それも、予知?」 フフフとまた笑う 「予知はしてないよ。したのは君だろ?」 「………え」 「気づいてなかったんだねやはり。君の右目、魔眼だよ」 僕の右目の瞼を撫でられた 「魔眼…魔眼ってあの!?」 魔眼は様々なものがあった 生まれながら素質あるものに現れる魔眼 後天的にリスクは大きいが移植によるもの また悪魔との契約、でも備わると聞く そしてさらに希少なのが、神目 「うん。それは糸繋ぎの目だね」 「糸繋ぎ?」 「珍しいものさ。過去と未来を視て観察者になる。そして事象の確立を成し細い結果の糸を繋ぎ止める。そんなところかな。まだ、発展途上のようだけど」 初めて見たよと言う 「サイファーはこれからどうするの」 「戦力外だから待機してるよ」 「あんなにすごいことができたのに?」 「術式を構築しただけで、女王陛下の補助なしでは今の私には何もできなかったよ」 「そんな…」 「大丈夫さ。君たちが守ってくれるんでしょ」 僕の手を握ってサイファーは見つめる 「うん。必ず守るよ」 「ありがとう。気をつけて」 「…うん」 そうして僕たちは別れ それぞれの場所に向かって行った

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