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プロローグ・大好きな友達

 智弘と愛優姫は兄弟のように仲良くすくすくと育った。それは二人がまだ五歳と四歳のときのこと。 「おかあさん、ゆびわってどうやってつくるの?」  智弘が指輪を作りたいと言ったとき、母は自分の趣味のビーズの中から粒の大きめのものを選んで出してきてくれた。 「ともくんはどんな指輪を作りたいの?」 「えっとね、こんにゃくゆびわ!」  無邪気に笑う智弘の瞳はきらきらと輝いている。   「あのね、すきなひとにあげるの。およめさんになってくださいって」 「まあ、ともくんは好きな子がいるのね」 「うん。おれ、あゆちゃんだいすき」 「あら、あゆくんなの。大切なお友達にあげたいのね」  母は驚いて困ったように笑った。 「へへ。ゆめせんせいがね、だいすきなひとにゆびわもらって、およめさんになるんだって。おれも、あゆちゃんだいすきだから、ゆびわあげたい」  愛優姫の喜ぶ姿を思い浮かべて智弘は笑った。とても幼稚園児には見えない立派な体格の智弘は、始めたばかりの柔道に夢中だった。体を動かすのが好きでやんちゃな、でもとても優しい男の子。母に教えてもらいながら、智弘のあまり器用とはいえない小さな指が、長い時間をかけて根気強く一粒一粒ビーズをテグスに通していく。  そう、うさぎ組担任のゆめ先生が結婚するのだ。「大好きな人のお嫁さんになって幸せになるんだよ」と言って、先生はいつもより嬉しそうな顔で笑っていた。  ――だいすきなひと?    智弘は迷わず隣の愛優姫に視線を送る。くるくるの癖毛に大きな丸い瞳、ぷっくりほっぺの天使のような愛優姫。いつも一緒の大好きな友達。気付いた愛優姫も智弘の方を向きニコッと笑った。 「ねえ、おかあさん。きょうあゆちゃんのおとまりのひ?」 「あゆちゃんのおとまりのひ、まだ?」  智弘はそわそわと落ちつかない。幼馴染の愛優姫は、三年前の不幸な事故により父子家庭となっていた。まだ研修医である父が夜勤の日、愛優姫はいつも智弘の家へ泊まる。幼い二人にとって週に一度の楽しみの日。智弘の母に連れられて一緒に幼稚園から帰り、夕ご飯も、お風呂も、眠るのも一緒。  その日、家に帰ると智弘は一生懸命作った指輪と拙い文字で書いた手紙を愛優姫に手渡した。 「あゆちゃんあのね、これ、ぷれぜんと」 「わあ、ゆびわ。きれいだね」  愛優姫の好きな水色のビーズで作った小さな指輪。智弘がそれを愛優姫の指につけた。 「かわいい。ありがと。ふふふ」 「あゆちゃん。おおきくなったら、おれのおよめさんになってくれる?」 「およめさん? あ、ゆめせんせいとおんなじ」  愛優姫は目をまん丸にして智弘を見つめ、すぐにふわっと笑った。 「うん、いいよ。ぼく、おおきくなったら、ともくんのおよめさんになる」 「やったぁ。やくそくだよ」  智弘は嬉しそうに「えへへ」と笑うと、愛優姫にぱふっと抱きついた。    まだ文字の読めない愛優姫は、智弘からもらった手紙に苦戦していた。父が買ってくれたばかりのひらがな表を広げて一文字ずつ探していくがなかなか見つからない。愛優姫はとうとう諦めて、父の膝に座った。 「ねえねえ、おとうさん、これよんで?」 「手紙をもらったの? なんて書いてあるのかな?」  父は手紙を受け取るとゆっくり読み始めた。 『あゆちゃんへ だいすきだよ およめさんになってください ともひろより』 「わあっ、ありがとう。ふふふっ」  愛優姫はぱっと顔を綻ばせた。 「ぼくね、ともくんとやくそくしたの。ぼく、おおきくなったら、ともくんのおよめさんになるの」 「そうか、愛優姫は大きくなったら智弘くんのお嫁さんになりたいのか」    あまりに嬉しそうな愛優姫を前に、父はただただ苦笑いを浮かべる。 「おとうさん、ぼくもおてがみかきたい。ともくんにだいすきってかくの」 「あ、ああ、そうだね。お返事を書こうか」    父はすぐに紙を用意してくれた。愛優姫は父が書いてくれたお手本を見ながら鉛筆を動かしていく。曲がったり、左右逆になったりしながら、一文字一文字ゆっくりと。 『ともくんへ だいすき あゆきより』  時間をかけてようやく書き終えた手紙。愛優姫は宝物入れから戦隊ヒーローのシールを取り出して丁寧に貼り付けた。特別にお気に入りのレッドを二枚も。代わりに智弘からもらったビーズの指輪を大切に中に置いた。 「うふふ。はやくともくんにあげたいな」  手紙を抱きしめた愛優姫が、父を見上げて屈託なく笑った。  毎日一緒に遊んだ。休みの日は、家族ぐるみで公園にも行ったし、動物園にも行った。幼い二人を大人たちは優しく見守った。  智弘と愛優姫。二人はいつも一緒だった。

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