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一、それは中学校に上がってすぐのことでした

「お前ん家って金持ちじゃねえのかよ」  と、遊びに来た奴にガッカリされたことがきっかけで、俺はしばらくいじめられたことがある。  いじめと言っても、「伊集院のくせに家が小汚い」とか(いや、普通の一軒家だ)、小学生特有の、しょうもない粘着質な冷やかしだ。  幸いにして、そんな深刻になる前に、いじめる側が飽きてしまった。といっても、俺には十分心の傷になった。  ある日、両親にぽろっとそれを打ち明けた。父が成績表を、母が通帳を見て、「じゃあ中学は私立に行くか」となった。  進学塾での俺の成績は中の上、もっと上を狙えと尻を叩かれたが、俺も両親もそこまでやる気はなかった。「早い内から受験をするんだから後が楽になると良いわね」と母の鶴の一声で、俺の志望校は大学附属の中学校になった。  無事合格して、おろし立ての制服を着て入学式も終えて教室に戻り、さて自己紹介というので、出席番号が早めの俺は早々に名乗る羽目になった。 「……伊集院、志門です」  そう名乗った瞬間、四十余名の視線が俺に集中したのが分かった。 「あの……うち、普通の家なんで……あの……本当に……」  言い訳する内に、どんどん声は小さくなり、顔はうつむきがちになっていく。 「すげー、うちより金持ちそう」  その声に耳まで熱くなった。 「春日、お前ひでーな」 「だって俺の名前、地味すぎね?」 「名前は関係ないでしょー」  じりじりと顔を持ち上げる。教室の後ろの方で、顔見知りらしい男女がワイワイ盛り上がり始めていた。おそらく、付属小学校から上がってきた連中だろう。 「コイツな、ハル電機の社長の息子なんだぜ」  と指さされた先に、妙に済ました雰囲気の男子がいた。横髪が頬に掛かるくらい長くて女子っぽいが、お坊ちゃんらしいと言えば、そうかもしれない。 「良いなあ、伊集院」  春日の黒目がくるりと俺を覗き込んだ。少し色の抜けた茶色の、透き通った瞳。 「お前が羨ましがってどうすんだよ」  傍らの男子が春日を軽く小突く。あははと春日が笑った。ハル電機。CMでよく聞く名前で、うちにも製品があると思う。一方の俺と来たら、父の勤めている会社の名前を言っても、誰も知らないだろう。 「春日くん、まだ伊集院くんの自己紹介は終わってませんよ」 「はーい、ごめんなさーい」  担任にたしなめられて、春日は両手を掲げて、ひらひらさせた。  それから俺は何を言ったか、趣味とか好きな教科とか、そんな無難なことを言ったんだろう。  自己紹介を終えて着席して、ふと後ろを見たら、春日と目が合ってしまった。  春日は唇を少し持ち上げてみせた。そいつに助けられた俺はぴょこりと軽く会釈した。  それが俺と春日の出会いであり、春日という男を象徴する出来事の一つでもある。

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