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5.待ち続ける男

   違う、違う、これも違う── 「ライル様にご挨拶申し上げます。この度、順調にご快復なされたとのこと、まことに嬉しく思います」 「あぁ、労いの言葉感謝する」 「ライル様お元気そうで!」 「初めましてライル様。下々にまでお声掛けの機会をいただけた事感謝します」 「すっかりお元気になられたようですが、まだまだお身体第一に、ご静養なさってください」  ──これもあれもどれも、すべて違う。 「ライル様、段々顔が険しくなってんぞ……」 「……あぁ」  パーティーは滞りなく進んだ。  アラベスク模様のラグに足を崩して座っているライルへ、屋敷の使用人達が次々に訪れる。  一人ずつ膝を付き頭を下げて祝いの言葉をのべるが、ライルの顔は晴れなかった。パーティーに相応しくない表情に後ろに控えたカルイが指摘するのも無理はないだろう。  元々笑わない表情が更に険しくなっているのだから。 「疲れてるなら切り上げますか? もうパーティーも終盤だしそろそろ抜けても大丈夫だろ」 「いいやまだ……──」  ──彼が来ていない。  最後の言葉は飲み込んだが、察したカルイはやれやれと言うように笑った。  ライルは一人一人の言葉を聞いていた。一人も残さず、真剣な様子で集中して聞き入る。  もうすでに挨拶に来た者は百を超えたが、ライルは今もなお集中力を切らさない。  それもこれも、ただただ彼の声を探す為だ。  声しか手がかりが無いのだから、聞き逃がせば彼自身をも逃してしまう。  けれど、違うのだ。これだけ多くの声を聞いているのに、どれもこれも彼とは違う。 「ライル様、初めまして!」 「あぁ、快気祝いの参加感謝する」 「いいえ、お元気そうで私も嬉しいです……あのっ」  違う、これも全然違う。  いい加減うんざりしてきたライルはため息を吐きそうになり、グッとこらえた。  己の願望に周りを付き合わせているのだから、うんざりしている場合じゃない。  もっと探せ。更に集中しろ。挨拶に来る者だけでなく周りの声も拾い集めろ。  そう決意するライルだが、目の前の影がいつまでも動かない事に気付いた。  まだ何か用があるのかと視線を移せば、その者が若い侍女だと今更ながら知る。 「あの、私ですね……ライル様が眠られていた時にお世話した者なんです」  ライルと目が合うと、彼女は嬉しそうに頬を染め聞かれてもいないのに語りだす。  その声に、ライルは覚えがあった。 「あぁ、あの時のか……」 「はい、そうなんです!」  認知された事が嬉しかったのか、彼女は更に嬉しそうに声をあげたが、それに比例してライルの心情は曇っていく。  あの時の、己が寝ている時に聞こえてきた耳障りな声を思い出したからだ。 『あーあ、めんどくさーい』 『ねぇねぇ知ってる? この人専属の家臣にも見捨てられたんだって』 『今日は体拭かなくても良くない? 一日ぐらい着替えなくてもバレないよ』  思い出したくもないのに脳裏に浮かんでしまう不快な記憶。  気分が悪くなり頭を抱えるが、彼女は跡取り息子とお近づきになれるチャンスだと勝手に浮かれて話し続ける。  その声を聞けば聞くほど鬱陶しくなり、いい加減怒鳴りつけてやろうかという所で彼女の声をカルイが遮った。 「はいはいはーい、まだ他の人も挨拶すんでないからこの辺でね」 「えっ、ちょっと待ってまだ私──」 「はい次の人ー」  強引に腕を引いて立たせ、後ろに並んでいた者を前へと促す。  憤慨した様子の若い侍女だったが、すでに次の者の挨拶が始まっており、下っ端の者が割って入るわけにもいかずぶつぶつと文句を言いながらもパーティーへ戻っていった。 「カルイ、良い仕事だ」 「どういたしまして。でもホントにそろそろ席を外したら? もう殆ど挨拶済んでるし」 「いや、まだ少し居る事にする」 「はいはい、かしこまりましたよー」 「はいは一回だ」 「はいよ」 「……」  そんな無駄話を終え、ライルはまた声に集中する。  ライルに顔を覚えてもらう為なのか二度三度と挨拶の列に並ぶ者も居て終わりが見えないが、未だにライルの目は諦めない。 「愛しのお姫様は何処に居るのかね……」  後ろでカルイはこっそり腕を後に伸ばしストレッチをしながらも、友人の探し人が見つかる事を切に願った。  * * * 「なーんで僕は仕事してるんですかねー」 「言うなよ、仕方ないだろ」  遠い目をしたリクが皿洗いをしながら不満気に呟く。  それを隣で聞いていたリクより年上の仕事仲間は、嘆くリクをなだめながら皿を洗う。 「使用人参加のパーティーっつったって、使用人全員パーティーに出席しちまったら世話する者が居なくなるからな。何人かは仕事に回るのは仕方ないさ」  リクも頭では分かっているつもりだ。だが、理解しているのと現実を受け入れるのとでは違う。  パーティー前日にまさかの裏方を告げられたリク。  あれほど楽しみにして夢にまで見ていた料理を突然目の前から奪われた気分なのだ。 「だからって何で僕……」  裏方に回る使用人はくじ引きで選ばれたらしいが、倍率はとてつもなく高い。  そんな貴重なくじ引きにまさか当たってしまうとは何たる不運か。  美味しい料理が食べたかった。それに…… 「……会いたかったな」  深い眠りについていた頃しか知らない彼。元気になって笑う姿を、一目でもいいから見たかった。  諦めかけていた人生を取り戻し、輝く彼を、一目でも。 「まぁまぁ、後で残りもん食わしてやっから」  不満を漏らしながらも手際よく汚れ物を片付けていくリク。共に皿洗いをする男はリクより少し年上で背も高い。短い黒髪は刈り上げられており、体格の良さからおそらく日頃は護衛をしているのだろうとリクは推測した。そんな男はリクの手際の良さに感心しながら嘆くリクを慰める。 「あら甘いわね。残り物なんかより今食べましょうよ」 「えっ?」  皿を洗う二人の背後で、若い女性の勝ち誇ったような声が上がった。  振り向くとそこには大皿を持つ侍女がさぁ拝めと言わんばかりに胸を張って立っていた。 「それ……どうしたんですか?」  彼女が持つ大皿には様々な料理が乗っている。盛り付けは崩れていたが、肉や魚、新鮮なサラダまであった。 「どうせ殆ど残るんだもの、今食べたってバチは当たらないでしょ。だからこっそり持ってきちゃった。みんなで食べようよ」 「流石です愛してます!」 「アンタの愛は軽いわね」  今日名前を知ったばかりの彼らが長年の親友のように仲が良いのは、同じめぐり合わせの仲だからだろう。 「よく持って来れたな」 「半分以上空になった大皿ならさげても怒られないの。それにこっそり自分が食べたい料理も乗せてくるのよ」 「僕も行ってきます!」 「待てリク。俺一人じゃ皿洗いが回らないからリクが残ってくれ。代わりに俺が取りに行く」 「じゃあデザート取ってきてください。焼き菓子と水菓子と果物全部ですからね!」 「ハードル高えなっ!」 「デザートなら西のバルコニーの所が下げ頃よ」  パーティーから残された者同士で妙な一体感が生まれた彼らは、戦友のごとく絆を深める。  何だかんだと忙しなくも彼らなりにパーティーを楽しんで、夜が更けていく。  ちゃっかりぶどう酒の瓶まで持ち帰ってきた男のおかげで、最後に皆で乾杯をした。  パーティーの中心で、未だ一人を待ち続ける男が居るなど知る由もなく……  

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