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始まっちゃったよ1話目

 さくら保育園で保育士を始めて6年目。まだまだ保父さんは少なくって、保護者の方の理解もなかなかで……。やっと、今年の春、5歳児のうさぎ組担任を任せてもらえることになった。嬉しい反面、責任も肩に重く圧し掛かってきて……毎日顔を引きつらせていた4月。なんとか少しの自信と余裕を持てるようになった秋。  「花井先生、明日からうさぎ組さんにひとり入園する事になったからよろしくね」  そう園長から言われて書類を手渡された。9月から入園なんてめずらしいな。だいたい、途中入園の場合何か理由がある事が多い。例えば離婚して母親が働かないといけなくなったとか……ね。この子もそうなのかなぁ。そうだとしたら心のケアも頑張らなきゃな……なんて考えながら書類を見ていた俺はドキッとした。保護者欄の名前に『石川 大』と記されていたから……。「まさか……ね」と、『石川 大』と書かれた文字を見て勝手に唇が動いていた。  大ちゃん……俺の初恋の人。叶わなかった……恋。  俺と大ちゃんは幼馴染。同い年生まれなんだけど、早生まれになる大ちゃんは俺よりも学年が一つ上。でも、家がお隣さんで母ちゃん達も仲が良かったから小さい頃はずっと一緒にいた。まるで兄弟みたいに……。  だけど、中学生が終わる頃から少しずつすれ違うようになった。大ちゃんは生徒会長も務める秀才くんだったから、高校はもちろんこの辺りじゃ有名な進学校に入学した。俺はそんな大ちゃんとは正反対の体育と部活だけに生きてます!って感じだったから、大ちゃんと同じ高校なんて願書を提出する前にOUTで。それでも大ちゃんの少しでも近くにいたくて、大ちゃんの高校から直ぐの私立を受験して、部活が休みの日はよく校門で大ちゃんを待ち伏せした。  「陽介、また待ってたのか?」  「うん!」  「俺、これから塾なんだけど……」  「うん、知ってる。塾まで一緒に行こ!」  「は?それじゃ、お前帰るの遠回りになるじゃん」  「いいのいいの。俺、大ちゃんと一緒にいたいから……」  「お前なぁ……」  そんな会話を何度もしたっけ。でも……大ちゃんは京都の大学に受かって地元を離れてしまった。偏差値ってなんですか?な俺に国立大なんて到底無理な訳で。それでもやっぱり大ちゃんの近くにいたくて京都付近の大学を受けたけど全滅。自分のバカさ加減に厭きれたものの、プー太郎浪人生活を二年送った。二年ってことはつまり二回も撃沈したってこと!流石に母ちゃんから怒りの言葉が出てきたから、三年目のプー太郎浪人生活は見送り、泣く泣く地元の専門学校へ行き夢でもあった保育士の免許を取った。  「コレで胸張って大ちゃんに会いに行けるぞ!」って思った矢先に大ちゃんの結婚話を母ちゃんから聞かされたのは……桜がチラホラ咲き始めたまだ肌寒い春の夜だった。  「陽介、大ちゃんね結婚が決まったそうよ」  「へ?」  「部長の娘さんとですって!これで出世コース間違いなしね~」  「ええ~~~っ」  「陽介、なに豆鉄砲食らった鳩みたいな顔してんの?」  「母ちゃん、それ……マジ?」  「今、石川さんから聞いたから……それに石川さん秋にはおばあちゃんですって!あ~、私も早く孫を抱っこしたいわ!」  「…………」  その時の俺の気持ち分かる?告白する前に失恋って何?それも聞いてもいないのに一方的に聞かされて。しかも母ちゃんの口から失恋させられるってどうよ?そこにもう一つ爆弾投下。こ、子供って……なんなんだよ!大ちゃん、やっぱ女性が……ってそうか……うん、そうだよな。やっぱ……な。  暫くして大ちゃんと奥さんになる女性との連名で披露宴の招待状が届いたけれど、仕事を理由にして俺は欠席に丸印を書きポストへ投函した。そして失意の俺は大ちゃんとの思い出から逃げるように、地元から離れたこの街で就職した。  「今日からお世話になります。石川です」  次の日、ドキドキしながら職員室にいた俺の耳に聞こえてきた声は……やっぱり大ちゃんの声だった。ずっとずっと聞きたかった大ちゃんの声だった。  「潤、ほら……挨拶して」  「せんせー、いしかわ じゅんです。よろしくおねがいしまーす」  「元気なご挨拶ね。潤くんはうさぎ組さんですよ。花井先生?あら?ちょっとお待ち下さいね。今すぐ担任の花井先生を呼んできますから」  職員室まで大きな園長の声は響いていた。俺は爆発しそうな心臓をどうにか抑えて玄関に出る。  「うさぎ組担任の花井 陽介です。よろしくお願いします」  そう言って一礼した頭を上げるとそこには驚いて目を丸くした大ちゃんがいた。  「陽介……?え……嘘だ……ろ……」  「久しぶり、大ちゃん。うん、俺だよ……陽介」  それ以上、俺も大ちゃんも何も話せなかった。時間だけが勝手に十年前に戻ったみたいだった。

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