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玄英:坊ちゃんを僕にください 1

 まるで高倉健あたりが主演の映画に出てきそうな、駅前にしてはうらぶれた細通りにある、地元の事情通か常連しか絶対知らないような演歌と煙の臭いが充満した居酒屋ーー  そんなシチュエーションが似合いすぎる男、青葉造園社員・ 土井清武(どい きよたけ)(通称・清さん)と最も不似合いな男、D’s Theory社長・遠山玄英。  二人が連れ立って暖簾をくぐり、どこからか聞こえないコングが鳴る。 「清さん、こっちじゃなくていいの?」  二つしかないテーブル席の奥の方に陣取るなり、つけっぱなしのテレビをBGMにカウンターの中で新聞を広げていた初老のご亭主が上機嫌で声を掛けた。 「ああ。冷や二つ」  今日の清武は普段用の作業着姿だ。揃いの法被姿は仕事始めとか起工式などのイベント限定なのだと恒星から聞いた。  ご亭主が冷酒とお通しの乾き物を運んでくる。 「はいよ。そちらさんお初だね」 「はい。初めまして」  玄英も愛想よく笑顔を返した。青葉造園で作業した帰りなので、長めの前髪ごとハーフアップに纏めたラフなジャージ姿だ。 「へえ、ずいぶんなべっぴんさん……じゃなかった、色男だね?モデルか俳優さんみたいだ。まさか新人さん?」 「いいえ。今日は青葉造園さんで研修をさせていただいて」 「へえっ。てことは兄さんも清さんと同業……」 「ご亭主。俺、この人と込み入った話があるから」  清武は婉曲も何も無しに、年中無休の仏頂面できっぱりと遮った。機嫌の善し悪しに関わらず年中この調子らしいが、少なくも今日に限っては機嫌がいいなんてことはないはずだ。 「わかったよ。清さんに連れがいるなんて珍しいもんだから、ついな。もう邪魔しねえから用があったら呼んでくんなーーへい、らっしゃい」  気のいいご亭主は今しがた入ってきた客に愛想良く声を掛けた。  まだ日があるうちだというのに常連客が切れ目なく顔を出し、店内はあっという間に満席になった。  キャパシティが十人ちょっとの狭い店だが、けっこうな音量で流れている野球中継やお互いのお喋りに夢中で、他の客に会話を聞かれてしまう心配はなさそうだ。 「自分、不調法者で。こういう店しか知らんもんですから……」  ボソリとそう言って徳利をこちらに傾ける清武は、昭和のガテン系硬派映画に出てきそうな男前だ。 「かと言ってあの家じゃ人の目がありますし」  映画のワンシーンのようだとうっかり見とれていた玄英は、ふと我に帰った。 「ああ、いえ。こんなお店、自分一人じゃ絶対見つけられませんから。楽しいです」 ーーいや、さすがに楽しいってのはちょっと違うよな……  清武は眉ひとつ動かさずに、徳利を突き出した。 「どうぞ」  酒を勧められていたのだと気づいた玄英は杯の前で両手を振った。 「ああ、すみませんでした。どうぞお構いなく。海外生活が長かったので、日本のそういう……差しつ差されつ、みたいな作法が苦手なんです。飲みたいときは自分で勝手に飲みますから」 「そうですか」  清武は素直に徳利を引っ込めると自分の杯を満たし、一気にあおった。 「改めまして。俺ぁ、土井清武と申します。歳ぁいってますが、あそこの社員の中では若手の部類です。坊ちゃんとは義理の兄弟も同然の長いつき合いでして」 「僕は遠山玄英。玄英と呼んでください」  玄英は洗練された知性と人柄の穏やかさを伺わせる、柔らかな笑みを浮かべた。玄英に自覚はないが、これまで成功した商談の八割はこの段階で決まったようなものだーーが、今日ばかりはそうはいくまい。 「兄のような育ての親のような存在だと恒星から聞いています。清さんとお呼びしても?」 「……『土井』か『清武』で」  清武は強面の仏頂面をますますしかめた。 「では清武さん。僕に色々と言いたいことはあるでしょうが、先に今日の研修のお礼を言わせてください」  玄英は深々と頭を下げた。

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