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第15話

「メイヤーよ、忌憚(きたん)なく述べるがよい。題して〝感動の再会劇〟において、わたしは取り返しがつかないほどの悪印象を与えてしまったのか」  大きくうなずくさまが窓ガラスに映って、がっくりうなだれた。ハルトが到着する日に備えて入念な予行演習を行ってきたにもかかわらず、いざ本番を迎えると緊張するあまり冷淡にあしらう始末。  ちなみに推敲を重ねたうえで(そら)んじていた歓迎の挨拶は、 「ようこそ愛しの花嫁……もとい花婿。いや、正確を期するなら双方とも花婿だ。ええい、まぎらわしい。ハルト、イスキアと呼び交わすのが堅苦しくなくてよかろう」 「練習では完璧でございましたが、ここ一番というときに他人行儀な『そなた』」 「猛省しているさなかにトドメを刺す真似はよさぬか」  と、ここで茶の用意が整った。イスキアはワシュリ領国特産のキュウリ茶で喉を潤すとともに、髪飾り風の帽子をずらして鏡面のようにすべらかな箇所に霧吹きで水をひと吹き、ふた吹き。水分補給に努める間も、つづけざまにため息がこぼれる。 「わたしは、あがり症なのであろう。親愛の情を込めて握手するなりとする、またとない機会であったのに逸した」  せめて満面に笑みをたたえるくらいしておけば会話が弾んだかもしれない。だが長年恋い焦がれた相手に見惚れ、ぽやんとなっていたあの場では、努々(ゆめゆめ)踊りだすことがないよう椅子に腰かけておくだけで精一杯だったのだ。 「わたしの表情筋は、わたしに逆らう」  唇の両端をつまみ、微笑を浮かべた状態で癖をつけるべく上に引っぱった。ハルトに正餐を供する席では、せいぜい愛想よく彼に接して謁見の間での失態を挽回するのだ。  景気づけにキュウリ茶を呷る。〝溺愛道・入門編〟を参考に、打ち解けた雰囲気を演出する話題の選び方について予習をはじめた矢先、痛いところを衝かれた。 「ところで、ひとつ(やかた)で起き伏しを共にするようになれば、隠し通すのは難しいかと存じます。我が一族の血脈はカクカクシカジカと打ち明ける決心はついておいででしょうな」 「それは……追い追いと、だ。いちどきにあれもこれも教えては気持ちの整理がつくまい。情報を小出しにするのは戦略上、有益だ」  その付け根に膜めいたものがちらつく指は、奇しくも溺愛道の教訓が記されたページに挟まれていた。  ひとつ、想い人に秘密を持つこと(なか)れ。往々にして、わだかまりが生じるもと──。

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