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第52話
「……初チュウをおっさんに奪われた恨みは深いんだからな、思い知れ、えいっ!」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ方式で、いわばキュウリ爆弾が次から次へと炸裂する。汁がしぶいて、長衣はシミだらけになった。キュウリをこよなく愛し、キュウリが活力源である種族にとって、キュウリを冒瀆する行為は悪魔の所業に他ならない。
「じゃじゃ馬め。そもそも、ふっくらとして桜色の、そそる唇をむき出しにしているのが罪なのだ。盗まれるのが嫌なら蓋でもかぶせておくがよい」
──あーらら、ひどいこと言っちゃって取り返しがつかないかもよ。
ジリアンが、そう嘲笑うさまがありありと浮かんだ。恋心が授けてくれた奇策に従って行動した結果が、このザマだ。棘が生えた心を蕩かすどころか、自ら最悪の結果を迎える方向へ舵を切ってしまった。
イスキアは今さらながら蒼ざめると、自分をせっついた。さっさとハルトの足下にひざまずいて、心の底からそなたを大切に思っている、と切々と訴えるのだ。
だが、頬にへばりついたキュウリの欠けらをつまみ取るところは、傍目には余裕綽々と映る。したがってキュウリ爆弾はおろか、
「誰の唇がそそるだ。開き直りやがって少しは反省しろ!」
キュウリがみっちり詰まった麻袋が、髪飾り風の帽子をかすめていった。腸 が煮えくり返っていることが、金細工がへこむほどの威力に表れていた。
イスキアは例のあれが砕ける恐怖に駆られたぶんも、ずいと踏み出した。ただでさえ膝枕に酔いしれたばかりか想い人の唇を味わった、という展開にときめきっぱなしなのだ。体内の水分量に多大な影響をおよぼし、今すぐ湖に飛び込むなりしないと、しゅわしゅわと蒸発した果てに……、
「やむにやまれぬ事情があるゆえ文句の類いは、のちほどまとめて聞く」
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