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すれ違い①

鳴海(なるみ)さんいます?」  その低い凛とした声だけで、誰のものか聞きわけることが出来るようになったのは、こんな習慣が一ヶ月も続いたから。お昼時間になると間髪なく俺のいる教室にやってくる二年後輩の渉を、いつものように机の陰に隠れてやり過ごそうとする。隠れた机の主である大翔(ひろと)が平生の決まり文句で「逃げたぞ」と、苦笑しながら返答する。  教室内の女子が俺にはむけたことのない黄色い声で渉の出現に騒ぎだすが、教室に俺がいないことを確認するや否や、さっさと廊下を走ってどこかへ行ってしまった。その足音が充分にこの階から消えたことを確認すると、安堵のため息をついた。 「毎度すごいな、お前のストーカー」  大翔は購買で買ったコロッケパンを食べながら、俺に慰めの言葉をかけてくれる。 「ストーカーじゃないから!いじめっ子だから!」 「そう思ってんの、お前だけ」 「だってそうだろ!そうじゃなきゃ、毎日飽きもせずに俺の弁当食べつくしにきたり、俺の寝顔とか写真に撮ってそれを待ち受けにして笑ったり、俺と一緒に帰るとかいって追いかけてきたりとか、普通しないだろう!」  そもそも、何が間違っていたのだろう。まぁ、全ては俺の平和だった高校生活を崩壊させた、坂崎渉との出会いないし事件のせいなのだが。  事件といっても大事ではなく、一か月前渉が煙草を吸っていたと疑いをかけられて副校長の花澤に絡まれていた所。俺がかばったことに始まる。別に偽善とかではなく、俺が偶然みていて本当に吸っていないことを知っていたからと、あとはなんとなくという感じ。  それに対して怒った花澤。反対に俺がお叱りを受けたが、いつものことなので気にしなかった。そのとき渉共々、反省室にいれられることになったが、そのとき「どうして助けた?」と聞かれ「なんとなくだよ」と笑って返した。  その何がいけなかったのか、いまだに判明しない。もしかして、助けたこと自体が、奴の気に障ったのかもしれない。  だがその出会いの後に、坂崎渉という人物が裏の要人にも頼りにされているギャングであるとか、通り魔だとかの噂を聞いて、関わり合いにならない方がいいという助言を受けたのは少し遅かったようだ。   そんな出会いの翌日から、渉は俺が楽しみに作っている弁当を喰らうことで楽しみを奪い去り、脅迫用に寝顔や着替え写真を撮り始めた。挙句に帰り路で俺の少ないこづかいを巻き上げるために、追いかけてくるという暴挙を行ってきた。  一度だけ「もう来るな!」といったが「白痴だね、鳴海さん!」と、俺に気味悪い笑顔を向けてくるから怖い。唯一の友人である大翔に助けを求めても「仲がいいなぁ」とのんきにかまえて取り合ってくれない。俺の本音としては奴と関わり合いになりたくないし、そもそも俺をいじめてないで、お前の取り巻き女子と遊んでろよ、とひがみたくなるほどだ。  俺が半泣きになってあのとき助けなければと後悔していると、大翔がコロッケパンの最後のひと欠片を口に含んで訊ねてくる。 「で、今日はどこに逃げるんだ?」 「昨日はゴミ捨て場、おとといは階段下の倉庫。その前は校舎裏で食べたから、今日は屋上。天気いいし」 「そうか、せいぜいがんばれよ」  大翔は部活動を五分後に控えているので、今日は一緒に逃げてくれない。一人で逃げるのでいつもより奴の存在感に恐怖を抱くが、早く食べないと俺の昼時間がなくなる。  リュックごと胸に抱えて教室を飛び出した。屋上に向かう間もあたりを警戒しつつ、俺は時間をかけてようやく屋上の扉前に辿りつく。屋上のカギは普段閉まっているが、大翔の所属する経済部顧問である立川先生から合鍵を貰っているので、出入りは自由だ。  施錠をとき扉を隙間ほど開けて、慎重に外を窺う。風の音がするだけで、そこには誰もいない。

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