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すれ違い⑥

 二段飛ばしで駆け上がって到着した屋上の扉を、ポケットに忍ばせていた鍵で開けようとした。が、そこはすでに何者かによって解放されていた。勢いのまま外に飛び出す。 「渉!!」  叫んでも相手がいなければ意味がない。だが、いた。  屋上で大の字になって、のんきに煙草を吸う馬鹿一人。名前を呼んだにも関わらず、渉は身を起してこちらを見ようともしない。ただ、漂う雲を見つめていた。 「……渉、お前」 「おなかすいた」 「は?」 「鳴海さん、お弁当」  ようやく起き上がって、以前と同様俺に弁当を催促してきた。気をそがれた俺は、しばしモゴモゴと口で吐き出してしまいたい言葉を持て余す。彼は盛大に腹の虫をならす。  諦めて奴の隣に座ると、リュックから弁当箱を取り出した。またも唐揚げを盗られたと不服に思いながら、それもいいかと早々諦める。 「ほらよ」 「じゃ、俺も」  彼が差し出したのはコンビニパンが四つ。礼も云わずにそれを受取り、そのうちのメロンパンを開けて口にいれた。またも好きなメーカーのパンだ。  しばし、無言で食べあっていたが、渉が卵焼きを半分にしながら口を開く。 「俺のこと嫌いになったんじゃないの?こっちはわざわざ会わないように、身を隠してたっていうのに」 「立川先生があのときのお前、職員室から見てたって……」 「あぁ。そういえば真上だね、職員室」 「お前、殺してないだろ、子犬。なんであの時嘘ついたんだ?」 「俺があそこにいなければ、あいつは殺されずにすんだ。そうでしょ?」 「全然ちげぇだろ!お前は悪くない!」 「同じさ、同じ。犬を殺した奴らと、俺は同じだよ」 「違う!」 「違くない」 「違う!」 「違くない」 「違う……違う、違う、違う!」  否定すればするほど、俺はさらに強くその言葉を否定した。自然と引き止めるかのように、奴の制服の袖を強く掴む。  口にしていたメロンパンがしょっぱくなったと感じて、ようやく自分が泣いていることに気づく。そんな俺を見て、難しそうに眉間に皺を寄せた。 「また泣いた」 「うるさい!それより、なんでお前校舎裏なんかにいたんだよ?」  鼻水と涙を学ランの裾で乱暴に拭いながら質問を飛ばすと、渉はキョトンとした顔を俺に向けてくる。 「そんなの、鳴海さんの好きな人を確認するために決まってるでしょ」 「……はぁ?」 「俺があんなに必死になって鳴海さんの弁当を喰ってるのに、タダで弁当を作ってもらってさ。しかも好かれてるって聞いたら、どんな奴か見定めておくのは普通だろ。まぁ……あわよくば脅すつもりで、あの日鳴海さんのあとをつけてたんだけど。犬なんだもん、びっくりしちゃったよ」 「なんだそれ!?」 「でもさ。犬だって安心はしたけど、やっぱり嫉妬したよ。あんな風に笑いかけてもらったこと、一度しかないのに……俺より、鳴海さんの笑顔知ってるとか嫉妬した」  渉によって与えられる解答に納得することが出来ず、頭をひねりながら彼の袖をさらに強く握った。  犬に嫉妬?あの天才と呼ばれる渉が?なんでだ、だってお前は……。 「意味わかんねぇ!だってお前、俺のこと嫌いでイジメてたんだろ!?」 「……なんで?」 「だって俺のこと追いかけて楽しんだり、写真とって脅迫に使おうとしてたし。あと弁当を喰って俺を嘲笑ってただろう!」 「そう思ってたの?」 「……違うのか?」  俺の言葉に苦笑をもらして、袖を掴んでいた手をそっと握ってくる。俺はびっくりして身を引こうとしたが、逆に強く引きよせられて渉の顔が視界に広がる。相手の整った顔に今更驚いたとき、優しく囁く。 「嫌いな奴に、こんな執着しない。俺は……鳴海さんが好きだよ」  告白でなくてもしれっとした顔で好きと告げられて、反射的に頬が暑くなるのを感じた。掴まれた腕からそれが伝わりそうで、恥ずかしさに視線をそらす。だがよく考えてみると恥ずかしがる意味なんてないと、顔を振って気を取り直す。 「じゃ、俺を追いかけてたのは?」 「鳴海さんと一緒に帰ろうとするのに、逃げるから」 「じゃ、写真を撮ってたのは?」 「携帯の待ち受けにするため」 「じゃ、俺の弁当を喰ってたのは?」 「鳴海さんの手作り弁当が好きだから」  今までの行動すべてにそんな説明を付加されれば、俺の妄想が全てチンケな思いこみであったことが判明する。たしかに先入観だけで渉を判断しすぎたのかもしれないと、俺は反省の意味を込めて握ってくる手を握り返す。再び視線をまっすぐに捉えた。

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