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すれ違い⑦

「お前って、馬鹿だな」 「……あの日助けて笑いかけてもらってからずっと好きだ。だから、本当はもっと笑ってほしかった……けど、いつもその反対ばかりだったな。ねぇ、鳴海さん。どうしたら、笑ってくれる?」  そう聞いてきた渉の顔がいつもの悪党めいた無表情の顔から、年相応のものに変わりつい噴き出しそうになる。それを押さえながら、咳払いをして今まで溜めこんでいた鬱憤を晴らす。 「じゃあ。まずは俺を追いかけるな、写真を撮るな、弁当を奪うな。以上!」  今まで溜まっていた鬱憤を全てさらけだしてすっきりした俺がどうだと視線を投げかければ、予想に反し眉間に皺を寄せてかぶりを振った。 「最初の二つは譲歩するけど、お弁当は譲れないね。なんなら、高級料亭の重箱を注文してくるから、お弁当は交換して。あんたの弁当が食べたいんだ!」 「あのさぁ、もっとあるだろ、他の考え方が……」  呆れてため息もでない。俺の様子に本気で渉が疑問符を浮かべてくるのだから、こいつの思考がどれほど常人から外れているかが分かる。  別にコンビニパンがいいとか、重箱がいいとか言ってるんじゃない。問題はそこではなくてだね、渉くん。 「普通そこは、作ってきてくれって頼むもんなの。考えろよ、馬鹿」 「へぇ……じゃあ、作って」 「それが人にモノを頼む態度か!」 「鳴海さんってお母さんみたいだよね」  そうしていつもの憎たらしい笑みを唇に浮かべながら、渉が深くお辞儀をした。そして一言。 「これから毎日、俺のために弁当を作ってください」 「……材料費だせよ」  肯定の意味でお辞儀した頭を優しく叩く。  渉は顔をあげて見てくるので、まだ残っていた焼きそばパンの袋を開けた。彼は彼でまだ、どこか釈然としない顔で弁当の残りに箸をつけている。その睨みつけるような視線に耐えきれず、俺は何だと疑問をぶつけた。 「鳴海さんが笑ってない」 「……別にいいだろ」 「よくない。ねぇ、笑ってよ。俺あんたの要望を聞き届けたつもりだけど……まさか、嘘つく気?」 「あぁ、しつこい、顔近い!分かったよ、弁当の唐揚げ全部よこせ!」 「あぁ。鳴海さん、これ好きだもんね」 「知ってたのかよ!」 「もちろん、好きな人のことだから」  さきほどから「好き」の言葉に変な反応をしてしまう自分が悔しくて、ごまかすために弁当箱から唐揚げを素手でつまもうとした。しかし、弁当箱を遠ざけられる。またも意地悪されたと涙目になったとき、唐揚げを箸でつまんで俺に差し出してくる。 「はい、あ~ん」 「……いや、自分で」 「あ~ん」  どんな言い訳も通用しない威圧感に呑まれる形で、結局口を開いて唐揚げを咀嚼させてもらう。俺がそれを喰ってかみしめれば、ひさかたぶりの唐揚げに口元がほころんだ。そして、渉に「美味い!」と笑いかけた。 「ようやく笑った」  そう言って俺に笑い返す彼の笑顔に、俺はなぜあの時助けたかが分かった気がする。 「俺、お前と友達になりたいと思ったんだ。なんか、似たような雰囲気してたし。だから、あの時助けたんだ」 「……でもさ、今はそれ以上って感じじゃない?」  渉が弁当箱を地面にそっと置いて、俺の顔を覗き込んでくる。それに、笑いかけながら答える。 「そうだな。お前とは親友になれそうだな!」 「……?」  心底不思議そうな顔をするが、俺は笑いかけながら 「俺もお前の馬鹿正直なとこ、大好きだぜ!」 「……え?」 「明日から大翔もいれて、三人で飯食おうな。あ、場所は屋上でいいだろ。今度から昼飯楽しくなるな!」  明日の楽しみを語る中、渉が小さくため息をついた。 「……まぁ、鳴海さんのことだから、こうなることは想定の範囲内か……」 「なんかいった?」 「いえ、明日から楽しみだと思って……覚悟してくださいね」  そういって笑う彼の笑顔に、やや黒いモノを感じて背筋に嫌なモノが走った。が、その時は気が付かなかった。  渉の猛アピールに悩むことになるのは、また別の話。

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