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最後の鬼ごっこ①

 昼休みのチャイムがひと気のない校舎に鳴り響く。それが聴こえると同時に駆けだし、鳴りやむと同時に三年A組の教室にたどり着く。  午前の授業終了によって、教室から生徒の声と群れが廊下へ溢れだしてきた。その人ごみをかき分けて、到着した教室に入る。鳴海さんの座っている窓際、最後の列の席に歩みよる。石本鳴海、俺の好きな人。 「鳴海さん、飯喰いに行こう」  俺が現れれば教室中にいた女生徒が五月蝿く取り囲んでくるが、それを無視して彼に笑いかける。すると、華が咲いたような眩しい笑顔を向けてくれる。 「お前相変わらず早いな」 「鳴海さんにいつでも会いたいって、思ってるからね」 「はは、冗談やめろよ」  冗談ではない、いつだって本気。彼は気付かないけどね。  俺が自嘲の笑みを浮かべていたら、鳴海さんが弁当の入っているリュックを背負おうとする。そのリュックを横から奪うと、代わりに肩へと背負う。  いいよと俺から取り返そうとするが、それをうまくかわす。それでも鳴海さんはしつこく諦めないので、しばし二人で小さな闘いを繰り広げた。だがひとつ前の席に座る星野さんが、あんぱんの包装を開けながら俺たちの頭を小突いてきた。 「イチャラブは昼飯食ってからにしろよ、二人とも」  あんぱんをくわえて俺たちがいつも昼飯を食べている屋上へ、先に向かって行ってしまう。 「イチャラブとか、してねぇから!」  鳴海さんが彼の背中にむかって、吠えたてる。だが、照れる彼と肩を並べその手をとった。 「いいじゃん。ラブラブしようよ」  その手を恋人握りにして目の前へ持ってくれば、彼は顔をさっと赤らめ振り払ってきた。 「止めろ!恥ずかしいだろ!」 「なんだ、残念……」  いつもながらの反応に小さくショックを受けながら、走り出した鳴海さんを追いかける。これが、俺と鳴海さんの最近の日常。 ◇ 「それにしても、お前ら仲良くなったよなぁ」  昼休み。四個目のパンであるコロッケパンを一口かじると、星野さんが呟いた。鳴海さんが毎日作って来てくれる、手作り弁当のミニトマトを箸で口に運ぶところ。鳴海さんはペットボトルのお茶を飲んでいた。 「まぁ、あの時は渉に嫌われてると思ってたし……」 「勘違いだよね」  弁当を食べ終わった俺が食後の一服に煙草を一本、口に加えて火をつける。  数週間前まで、何故か恐れられていた。俺としては恋愛におけるアピールだったが、鳴海さんにはそれがイジメ方面の行為であると思われていたらしい。まぁ、その誤解も今は解けて、こうして仲良く飯を食うまでに進展した……したが、問題がひとつ……。 「あ、火がない……かも」  俺と同様一服するため、たばこを口に咥えたまま彼が制服のポケット中をまさぐっている。どうやらライターが見つからないようだ。  ライターを差し出そうと、尻ポケットに手をいれたとき。鳴海さんがライターをあきらめて、俺の方を見た。そして……。 「渉、火もらうぜ」  煙草をくわえたままの鳴海さんが、俺に顔を近づけてきた。呆気にとられて硬直すれば、俺の咥えている煙草の火先に彼の煙草の先端があてがわれ、ほのかに赤色の火がついた。  充分に熱が伝導したのを確認した鳴海さんは、すぐに身を離す。その時間、およそ一分にも満たない。しかし俺にとっては、一時間のような夢見心地だった。 「ありがとな」  煙を口から吐き出しながら、笑顔をくれる。それに口元がゆるんだせいか俺の口から煙草が滑り落ち、偶然下に置いていた俺の学ランの上に落ちた。それをみて、代わりに悲鳴をあげた。 「ちょ、渉!火!」 「あ、うん。まだ、火いる?」 「違くて、学ランが燃える!」  学ランの上から煙草を取り上げ、上にかかった灰をはらう。幸運にも火はつかなかったが、灰によって少し汚れがついてしまったようだ。学ランを持った鳴海さんが突然立ち上がる。 「どこ行くの?」 「すぐ下の水道で洗ってくる」 「いいよ、俺のだし」 「俺が煙草の火貰ったから落としたんだろ。俺のせいだから、行ってくるよ」  学ランなんてどうでもいいから、鳴海さんともっとそばにいたい。  そう口に出せないまま、彼は屋上から走り去る。後に残った俺は、しばらく出入口の扉を見つめたままだった。

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