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最後の鬼ごっこ③

 チャイムが鳴って生徒たちが口々に囁きを交わし合い、学校から離脱をはかる放課後。鳴海さんのいうお友達関係になってから、一緒に帰るようになった。星野さんはほぼ毎日部活があるので不在で、結果的に帰宅部である俺たちは共に家路を歩く。  唯一誰にも気兼ねせずに鳴海さんと過ごせる時間なだけあって、自然に足が速まっていく。だが、彼のいる教室の扉をあけようとしたとき。同時に中から誰かが飛び出してきて、危うくぶつかりそうになる。随分急いでいると相手を見れば、鳴海さん本人だった。ぶつかった相手が俺と分かって、安心したような笑みを浮かべる。 「渉、ごめん!」 「どうしたの、そんな急いで?」 「教師に呼ばれてさぁ。もしかしたら、この前の授業レポートのやりなおしかも……」 「さぼれば?」 「もう三回も逃げてきたから、今度こそヤバいわ……。だからさ、今日何時に帰れるか分かんないし、先に帰っても」 「いいよ、待つから」 「いや、でも……」 「待つよ……まぁ、鳴海さんが嫌なら先帰ってるけど」  普通の友達としてふるまおうとするが、欲望が先走ってがっついてしまう。彼に嫌がられたかと相手の様子を窺えば、いきなり俺の手を掴むと心底嬉しそうな顔で。 「よかった、本当は待っててほしかったんだ!この教室でまってろよ、終わったら来るから。じゃあな、あとで!」  鳴海さんが廊下を走っていき、生徒の群れに隠れて見えなくなるまでその背中を見つめていた。  ようやく消えたころ。一人教室の扉に額をのせて、緩む顔を片手で隠した。待ってくれることが、彼にとって嬉しい。そんなことが心を絆していく。  だが、愉悦感にひたっていた俺の思考にある疑問が浮かんだ。今の言葉は鳴海さんにとって友人である俺に向けられた言葉であり、決して下心あっての言葉ではないのだ。そう考えていた時、俺の肩を誰かが叩く。振りむけば、そこには立川が立っていた。 「邪魔だ。出入り口をふさぐな」 「なんであんたが、ここにいるんだよ」 「大翔を迎えに来たんだよ。おい、大翔!」  教師の立川が教室に顔をだして、彼の名を呼んだ。すると犬が愛しい主人に気づいたように、尻尾をふりながら星野さんがこちらにやってくる。そのときの普段鳴海さんにだって見せないような、満面の笑みに正直驚いた。一方の立川を見れば、鬼教師と評されているとは思えない穏やかな表情を彼に向けている。その平生とは違う様子に、目をみはりながら二人を見た。 「先生、別に迎えに来なくてもよかったのに!」 「お前の顔が見たくなった……て、いえば納得してくれるか?」  星野さんが赤面し、立川が心底楽しそうないたずら小僧の顔になる。これが、恋人同士の関係と会話。恋人同士……。 「それじゃ、渉。また明日!」  俺に手をふる。それに小さく手を振り返すと、二人は肩を並べて教室をあとにする。その後ろ姿から二人がイラつくほど愛し合っているのがわかって、俺は眉間に皺をよせその様子を見送った。  立川と星野さんの笑顔が、火傷のように静かな痛みをはなってきた。あの二人の笑顔は同じ心の上で成り立っているのだろう。そうでなければ、ここまで羨ましいという感情は湧いてこない。じくじくと、いぶされていく感覚。  ふと鳴海さんの笑顔が脳裏に浮かんで、心臓を締め付けてくる。俺がどんなに喜んだところで、あの笑みは恋人という糸に繋がっていない。俺が一人で浮かれているだけで、彼の心と俺の心の矢印は違う方向を向いている。  それでいい、そうしようと決めた。  鳴海さんのそばにいられれば平気だと思っていたが、それがゆらぎそうになって誰にも気付かれず小さく舌うちをした。  つまり、恋人としての笑顔を向けてほしいのだ。

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