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最後の鬼ごっこ⑦

 入学当初から目をつけられているのは分かっていた。悪目立ちしたいわけでも、地味に過ごすつもりもなかった。ただ、自分のやりたいように生活をする。この学校にいる理由さえ、育ての親(特に母親)が望まなければ入学することもしなかっただろうに。 「お前が喫煙をしていたことは私が目撃した!このクズが!」  誰なのか知らないが、中年の教師に声をかけられたのは入学して二週間もたっていなかった。普段から喫煙している俺だが、その日は濡れ衣をかぶせられていた。面倒にもそいつはしつこく俺に自らの罪を認めるよう、何度も要求してくる。  その日は特に予定はなかったが、だからといってこんなつまらない学校で大人しくしているつもりもない。目の前にいる男を蹴り飛ばそうと、左足を後ろに引いた直後。その人は現れた。 「そいつは吸ってないぜ、花澤!」  声のした方を見て、誰なのか分からなかった。俺を陥れようとする人間は、数多いることだろう。そうやって、奴らを地獄に落としてきたからだ。だからこそ助けるために声をかける人間だとはその時判断しなかったし、出来なかった。  その解答は花澤と呼ばれた男が、その生徒に向かって「貴様か、石本鳴海!」と叫んだことで解明された。そして、しばし二人が言いあうのをずっとみていた。逃げるスキなんていくらでもあったのに、何故か俺は彼を見つめていた。  ひととおり俺を援護した鳴海さんだったが、怒り心頭の花澤は「罰則だ!」といって、俺共々反省室に閉じ込めてしまった。そのとき彼がようやく俺をみて、困ったような顔をして謝ってきた。 「どうして、助けた?」  俺を利用するため?そう続けるつもりだった。だが、その言葉を吐く前に、俺はそんな考えをもったことが遠く霞んでいくのを感じる。  俺になぜを問われた鳴海さんが、今まで誰も俺に向けたことのなかった無邪気な笑顔で笑いかけたのだ。 「なんとなく」  恋におちる理由なんて、それだけで充分だった。 ◇  星野さんに四時といわれていたが、結局四時から五分過ぎて学校に着いた。そこから、鳴海さんたちの教室を目指してさらに五分。およそ、十分の遅刻。まぁ、このくらい許容範囲だ。謝罪の言葉を述べるつもりはない。第一賭けの対象が来てやっただけでも、ありがたいと思ってほしいくらいだ。  校庭からは野球部の声。校内からは遠く吹奏楽部の声が響いた。  長い階段を昇っている間、誰にも会わなかった。そういえばテストの一週間前だったかと、自分にとってはあまり関係ない行事を思い出す。勉強はしなくても、平均的にできる。  ようやく教室にたどり着けば、その教室だけ煌々と電気がついていた。待っていると言っていたのは、本当だったらしい。扉は閉まっており、俺は久かたぶりに訪れる教室のドアを力強くスライドさせた。そして、いつもの癖で鳴海さんのいる窓際最後方の席をみて、目を見張る。 「大翔、お前おそ……え?」 「……鳴海さん?」  その教室にいたのは、俺が世界で一番会いたい相手だった。石本鳴海その人が、自分の席に座っている。俺が扉の付近でかたまっていれば、彼も同様に動きを止める。  だが突如鳴った放課後のチャイムによって、鳴海さんが正気を取り戻す。突然俺のいる場所とは反対の扉に走り出し、廊下へと飛び出した。逃げる、俺から三日前の最後に会った時と同じように逃げる。  いや、最初から逃げていたじゃないか。最初に俺が追いかけた、その日から彼は逃げていた。ようやく捕まえたと思っていたが、今度は俺が逃げた。本音を伝えればまた鳴海さんは逃げ出し、俺は追うことを放棄。おそらく、これが最後のチャンス。最後の鬼ごっこ。 「逃がさないよ……!」  そう呟いて、白い廊下を全速力で逃げる彼を追いかけた。体力的には鳴海さんと俺は同等。だが、筋肉の使い方や走法は俺の方が圧倒的に上。  突き当たりを曲がった彼を見失いそうになったが、階段を駆け上がる音を聞いてすぐに俺も二段飛ばしで階段を駆け上がる。 「くんな!渉!」 「ヤダね!そっちこそ逃げないでよ!」 「無理……!ていうか無理……!」  息もきれぎれな鳴海さんが懇願するような泣きそうな声で叫ぶが、それに負けじと大声で却下する。

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