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最後の鬼ごっこ⑧

 追いかけっこは、しばらく校内を巡って繰り広げられる。だが屋上に通じる階段を上った時、終着点は見えた。幸運にも鍵はかかっていなかったようで、鳴海さんが扉を押しあける。風が緩やかに吹きつける外に出た。  だが数歩行った屋上の中間地点で、彼に手を伸ばす。ようやく鳴海さんの右手を掴んで、思いきり後ろに引いた。  よろける鳴海さん。俺はその体を支えると、真正面から見つめた。二人して息が荒い中、彼が先に口火を切った。 「なんで……お前が来るんだよ……!」 「なんでって……それはこっちの台詞。星野さんに呼ばれて来てみたら鳴海さんがいるんだもん」 「俺だって、大翔に呼ばれて……あ、まさか、あいつ!」  星野さんの作戦に気づいて、その場で地団太を踏んだ。なるほど、来たら協力するとはこういうことか。  俺たちに対する優しさを感じながら、おそらく迷惑電話もこの作戦に大いに関係していることは予想できた。しかし、こうでもしないと俺と話すなんて、無理に決まっていただろう。荒療治だが、これが最善。さすが、親友。わかっている。 「大翔め……」 「でも、ありがたいよ。こうでもしないと、俺に会ってくれなかったでしょ?」 「そんなわけ!……いや、たぶん会わなかった」 「そうでしょ、だからこれでいいんだよ……これでいいんだ」  自分の覚悟を決めるように、握っている鳴海さんの手をいちだんと強く握った。緊張することはなく、むしろそそりたつ興奮に身を任せる。覚悟はしてきた、あとはコロしにいくだけ。 「鳴海さん!」  名前を呼んだだけで、俺に目を合わせてくれる。その顔が泣きだしそうな、恥ずかしそうな奇妙な表情だと頭の片隅で思った。 「この三日、あんたのことを考えてた。普通に好きになる方法もあるんじゃないかって、考えてもみた。けど、無理だよ。そんな考え、五分もしないで諦めた。だって、俺はあんたが好きなんだよ。心底惚れてる。だから、諦めたりしない。悪いね」  掴んでいた手から力を抜いて、そっと手放した。言いたいことは言ったし、逃げ道も確保した。俺から言うこともやることもない。あとは一挙手一投足を見守るだけ。手を解放された彼が、後ろに一歩引いてうつむくと口をつぐんだ。風の音と、夕焼けの眩しさが五感をふるわせる沈黙。だが何かを決断したのか、俺と再度視線を交わらせる。 「お前は……渉は、俺のどこが好きなんだ……っ!?」  罵られるかと思っていた俺からしたら、鳴海さんの言葉は意外でしかなかった。今この場で逡巡しながら彼の気迫に負けて、しばらく質問の意味を黙考しひとつひとつ丁寧にあげていく。 「鳴海さんの黒い髪が好き。その髪に顔をうずめて香りをかぐと、何をしているときよりも息が出来るから。鳴海さんのごつい指が好き。それで俺の体を触ってもらうだけで、その部分が熱くなって動悸が激しくなるんだ。それから、鳴海さんの声が好き。名前呼ばれるだけで、すげぇ嬉しい。もっと名前を呼んでほしくなる。それと鳴海さんの体が好き。ときどき覗くアキレス腱とか腹とか首筋とか、舐めてみたい……でも」  初めて会った時と重なって、自然に口元に笑みが浮かんだ。これしかない、あんたを好きになった理由なんて……。 「一番好きなのは鳴海さんの笑顔。あの時の笑顔が、今でも瞼に焼きついて離れないんだよ」  俺がそういったとたん、彼の目から涙があふれる。  また泣かせたと鳴海さんに近寄ろうとしたとき、手でそれを制した。拒絶の意味だと思って眉間に皺を寄せれば、制服の裾で顔をこすりながらこちらを見る。 「俺は……俺だってこの三日、お前のことしか考えてこなかった!そりゃ、好きとかいわれたお前からキスされて驚いたけど、でも嫌いになれなかった!それにあの手紙はお前に渡してくれって渡された奴で、それで破られたからどうしようって悩まなきゃだし……!てか、お前の手紙なのに、それ渡すのなんか嫌だったし!もう、よく分からなくなった……」  そこでいったん声をつまらせながら、苦しそうに呼吸した。何かを急いで言わないといけないように、焦って息をする。だがそれが逆に気を急かしているので、呼吸困難一歩手前。制止のために差し出している掌に、そっと自分の手を合わせた。  ビクリと体を震わせる鳴海さんに苦笑が漏れた。もう逃げないんだな、あんたは。彼の手を優しくもめば、少し落ち着いたのかようやく続きを口にする。 「お前に言われてから何度も、もう会わないでおこうってずっと考えてた……。けどそのたんびに、お前の顔が……笑った顔が浮かんで忘れられなかった……」 「うん、ありがとう」 「好きだよ……友達として」 「……そう」  その一言で満足だった。つまり、友達としての俺なら、認めてくれているということ。なら、それで充分だった。  最後にもう一度、泣きべそをかいている鳴海さんに笑いかけて、その手を離そうとした……が、その手を今度は掴まれる。力強く。掌から熱い体温と、聴こえるはずのない激しい心音を聴いた。 「でも……わかんないんだ……」  消えいりそうな声が、俺の耳に届く。彼の顔が赤いのは夕焼けのせいだろうか。目をみはって、鳴海さんを見つめる。 「お前のことが恋として好きか……わからない!」  彼が額に汗を垂らして、俺に言いきった。顔が真っ赤なのも、体温が異様に熱いのもそれをいうため……。

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