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1.規格外の人物

 フェリアは五人兄弟の四番目だった。  母は研究に参加していて、様々な遺伝子を持つ子どもを産んで、その子どもの成長を観察するというかなりのマッドなことをやっていた。  いわゆるマッドサイエンティストな母から生まれたフェリアだったが、産んだ子どもに情がわいて彼女は研究を辞めて、グループから逃げて子どもを育てることにした。  一番上が北欧系のトール。  二番目がアルビノで生まれたヴァルナ。  三番目が東欧系のアスラ。  四番目が欧羅巴系のフェリア。  五番目がアフリカ系のラヴィ。  全員男を選んで産んだはずなのに、母にも誤算があった。  フェリアは男性でも女性でもないXXY染色体を持つ、男性器も女性器も持った子どもだったのだ。  その時点で実験の失敗を告げられて、フェリアは処分されかねなかった。  きらきらと陽光を受けて光る金色の髪に、エメラルドのような緑の瞳。  あまりに美しすぎるフェリアは、かなり古いヨーロッパの王族の遺伝子を使って産み落とされていた。  美しいフェリアを母は処分したくなかった。  お腹に次の子どもを宿したままで、彼女は逃げた。  そして、警察のラボに助けを求めた。  それから二十年以上。  フェリアは自認は男性として警察のラボで働いている。  身長百七十八センチ、細身で胸の膨らみはない、顔立ちははっきりとして睫毛が長くて異様に整っている。  高校の時に受けた適性テストで、軍指揮官S、警察官A、科学者B、医者A、カウンセラーAの恐ろしい成績を納めたが、軍人は体のことがあるので止められて、警察官の資格を持ちながら、科学者兼医者としてラボに務めるフェリア。  フェリアのような体のものは珍しいので、一人のためにロッカールームを増設するわけにはいかなかったし、フェリア自身気にしていなかったので、男性用のロッカーを使っているが、フェリアが入って来ると職員がざわつくことがある。  お手洗いは誰でも使える多目的のものを使っているが、最初の頃は気軽に男性用のお手洗いに入って上司に呼び出されたこともある。 「そんなに気にすることないんだけどなぁ」  本人は気楽に、明るく過ごしていたが、同じ警察の兄たち、ヴァルナとアスラがどれだけフェリアを心配しているかなど気付いてはいたが、無視していた。  兄たちも母もフェリアに対してやたらと過保護なのだ。  やたらと美しい娘を持っているかのように過保護な兄たちと母がフェリアには信じられない。  偶然顔はよく生まれてきたが、それは母が遺伝子の厳選を行った結果で、フェリアの功績ではない。フェリアはそんなことよりも警察のラボで自分が評価される方がずっと心地よかった。  カイ・ロッドウェルという青年と出会ったのは、フェリアが鑑識のために警察学校に呼び出された後だった。  警察学校の寮で、一人の生徒が殺された。  その生徒とカイ・ロッドウェルが喧嘩していたのを見たという証言が複数出たのだ。  亡くなった生徒の顔には殴った痕があって、そこからカイのDNAが採取された。  カイは事件の第一容疑者となってしまった。 「喧嘩の後でどうしても許せなくなって、殺しに行ったんだろう」 「その線で詰めれば、学生だし、すぐに吐くだろう」  捜査に当たる警察官の話を聞いて、フェリアは引っかかりを覚えていた。 「そんな分かりやすいことをするか? 自分が殴って、DNAが相手に残ってるってことくらい、警察学校の生徒なら分かるだろう。そんな分かりやすい状態でひとを殺すか?」  フェリアの言葉を聞かない警察官にいら立って、フェリアは携帯端末を取ってアスラに電話をかけた。アスラは少し若いが優秀なハン・ハルバートという異国から来た警察官の班に入っていた。その班にはヴァルナもいる。 「今調べてる事件で、警察官のお得意の決めつけが起きそうだ。そっちの班でこの事件を請け負えないか?」 『フェリアはその事件に何か思うところがあるのだな?』 「あまりにも分かりやすすぎて、違和感だらけだ」  アスラに連絡した直後、この事件はハルバート班の管轄になっていた。  警察署からラボに証拠品を届けに行くことは多いが、ラボから警察署に出向くことは少ない。  マジックミラーになっている個室に入って、容疑者であるカイを見るためにフェリアは警察署に車を飛ばした。  カイ・ロッドウェルは、長身で褐色の肌で黒髪を長く伸ばした青年だった。強張った表情で取調室の椅子に座らされている。 「話しが聞きたい。俺も取り調べに同行してはダメか?」 「どうしてそこまでする?」 「えー!? ちょっと待って。フェリア、ああいうのが好みだったのか!?」 「ヴァルナ、茶化すな」  冷静に問いかけるアスラと、嫌悪感を露わにするヴァルナに、フェリアは顎を撫でて僅かに考えた。 「好み……分からないけど、嫌いじゃないな、あの顔は」 「嘘ー!? 絶対ダメ! 絶対会わせない」 「フェリア、ヴァルナをからかって遊ぶな」  アスラに言われてしまってフェリアは舌を出した。 「俺も警察官の資格は持っているのだし、たまにはいいかなと思ったんだ」  資料によればカイは警察学校に通う生徒で、二十一歳。卒業は来年度になるだろう。まだ二十一歳の若造ともいえるカイが、ひとを殺して落ち着いて取調室で座っているはずがないというのが、医者として、カウンセラーとしてのフェリアの見解だった。  アスラもヴァルナもフェリアを思いやってか、現場に出ることがないよう、ラボの中でだけ仕事をさせている。  それではフェリアの実績が積めない。  そろそろ現場に出たいと思っていた頃に起きた殺人事件。  しかも警察学校という閉鎖された場所で起きた事件。  フェリアは興味津々だったのだ。 「分かった、俺に同行しろ。ヴァルナはここで待機だ」 「何で!? 俺もフェリアと行く!」 「お前は冷静じゃない!」  はっきりと告げられた言葉に、ヴァルナはがっくりと肩を落としたようだった。  取調室にアスラと一緒に入ってフェリアはまず自己紹介をする。 「俺はフェリア・ガーディア。警察官兼警察ラボの職員だ」 「俺はアスラ・ガーディア。この管轄の警察官だ」  黒い目がじっとフェリアを見詰めている。信じられないように目を見開いてフェリアを見つめ続けるカイに、フェリアが促す。 「名前と年齢を確認したい」 「カイ・ロッドウェル……二十一歳です。あなた、美しいですね」 「よく言われる。それで、状況を確認したいんだが」  場違いに口説くようなことを言ってくるカイに、フェリアはあっさりと流してタブレット端末を操作する。周囲の聞き込みも終えて、カイと亡くなった生徒との喧嘩の理由もほぼ分かっていた。 「彼とはほとんど話したことはなかったが、空き教室に女子生徒を連れ込んで、暴行しようとしていたから彼女を助けようとしたら、殴りかかられた。避けて殴ったら吹っ飛んだので、女子生徒を保護して保健室まで連れて行った」  突然口説くような妙なことを口にしたので、大丈夫かと思ってはいたが、喋る内容は理路整然としていて聞きやすかった。取調室で一人で待っている間に聞かれる内容を予測して、答えを用意していたのだろう。 「事件の夜はどこにいた?」 「寮の部屋に一人でいた」 「それを証明できるひとはいるか?」 「深夜に姉から電話がかかって来て、その着信履歴が残っているはずだ。通話履歴も取ればいい」  言っていることに齟齬はなさそうなのだが、決定打に欠けるというのがフェリアの印象だった。  身内の証言ではアリバイにならないし、携帯端末はどこへでも持ち運べる。人を殺しながら電話をしていたというほど肝が太い人間だろうかとカイを観察してみて、意外と落ち着きがあってそれくらいはできるかもしれないという結果に辿り着いてしまった。 「俺はやってない。殴ったときに歯に当たって、手を切ったから、そのDNAが残っていただけだろう」  傷のある拳を見せてくれるカイは、抵抗する素振りは見せなかった。  フェリアはアスラと顔を見合わせる。 「犯人が捕まるまで、拘留されることになるが、いいか?」 「……分かった」  警察学校に通っているというだけあって、カイは物分かりがよかった。任意だが拘留を受け入れてくれたことにフェリアはホッと息を吐く。  立ち上がろうとしたフェリアに、カイが手を伸ばした。 「またあなたと話したい」  熱っぽい目を向けられたことはよくある。  外見がやたらと整っているので、男性からも女性からもフェリアは恋愛対象として見られることが多かった。  警察ラボの人間は変わり者が多いので、フェリアも伸び伸びと自由にしていたが、警察ラボから出てしまうとどうしてもこういう感情を向けられる。  それを恐れてアスラもヴァルナもフェリアを警察ラボから出したくないのだと分かっていた。 「取り調べには来る。いい子で待ってろ」 「いい子にしてるから、会いに来て」  甘えるように言うカイに、フェリアは整形を考えた方がいいのではないだろうかと思っていた。

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