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30.結婚、そして

 カイの長い夏休みの最後の日に、カイはフェリアと一緒に病院に行った。  コンドームが破れていた日から二週間は経っていたし、フェリアが妊娠しているのならばカイはそのことをちゃんと確かめたかった。  フェリアが診察を受けた後にカイが呼ばれて、医者から二人で説明を聞く。 「妊娠していますね。おめでとうございますと言っていいですか?」 「おめでとうございますで合ってます」 「おめでとうございます。これからガーディアさんの体に起こることは、医者の私でも未知数です。健診には小まめに来て、都度都度対処していきましょう」  男性器も女性器も持っているフェリアの体で妊娠するということは、何が起きてもおかしくはないということなのだとカイは実感する。 「胎児の育ち具合によって、出産日も決めましょうね」 「よろしくお願いします」  骨盤が男性寄りで開かないから帝王切開しか産む手段がないと聞いていたので、出産日が医者によって決められるのだと理解して、カイは頭を下げた。  病院の診察が終わって、会計を待っている間、待合室の椅子に座ってカイはフェリアの顔を見る。 「式は後でもいいですから、籍だけでも入れておきたいのですが」 「俺もそれを考えていた。帰りに役所に寄るか?」 「寄りましょう」  会計が終わって、フェリアの車の助手席に乗って、カイは役所まで行った。  役所で書類を受け取って、二人で記入して出すと、婚姻届けの受付の職員がカイとフェリアに声をかける。 「役所の隣りの教会で、簡易な結婚式が挙げられます。小さなブーケがお祝いについて来ますよ」  言われて確認すれば役所の隣りには小さな教会が建っていた。 「ここで籍だけいれる方も、お隣りの教会のご厚意で簡易な式を挙げて行かれることが多いんです」 「予約とか必要ですか?」 「いいえ。衣装も何もなくて、そのままですけど」  役所では婚姻届けは受理されたが、それだけでは味気なかったので、カイはフェリアと共に隣りの小さな教会に行ってみた。静かな教会の神父に声をかけると、小さな白いブーケを手渡してくれる。 「結婚おめでとうございます。お名前は?」 「フェリア・ガーディアだ」 「カイ・ロッドウェルです」  名前を名乗れば、神父はすぐに対応してくれる。 「汝、フェリア・ガーディアは、健やかなるときも病めるときも、伴侶、カイ・ロッドウェルと共に生き、死が二人を別つまで愛し合うと誓いますか?」 「はい、誓います」 「汝、カイ・ロッドウェルは、健やかなるときも病めるときも、伴侶、フェリア・ガーディアと共に生き、死が二人を別つまで愛し合うと誓いますか?」 「誓います」 「神の御名において、二人の結婚を祝福いたします。おめでとうございます」  本当に簡単な結婚式だったが、やらないよりも気分は盛り上がって、フェリアとカイは誓いのキスをして教会を後にした。  花は猫や犬にとっては猛毒になる場合もあるので、玄関に飾って、リビングには持ち込まず、マンションに戻る。  リビングのソファではミナがお腹を見せて寝転がっていて、部屋の端のハウスの中からはルーナが顔を出していた。 「冷房つけてたけど、暑かったのかな?」 「ミナは寝てるだけじゃないですか?」 「あまりにも野生を忘れた寝方だな」  苦笑するフェリアに、ルーナがおずおずと出てきてフェリアの手の平を舐める。フェリアにくしゃくしゃと撫でられて、ルーナはお尻まで振るくらい尻尾を振っていた。 「カイのご両親にご挨拶に行かないと。後は、職場に書類を出して……」  夏休みの最後の一日も半分は過ぎている。  これからの段取りを考えるフェリアに、カイが後ろからそっと抱き締める。 「先に何か食べませんか? 俺、お腹空いたんですけど」 「そうだった! 昼ご飯、どうしよう」  振り返ったフェリアの鼻先にキスをして、カイは冷蔵庫を開ける。キャベツと人参と豚肉を炒めて、茹でた麺とスープの上に乗せて、ラーメンを作ると、フェリアがお腹を押さえている。 「気持ち悪いですか?」 「いや、お腹が空いた」 「それなら、食べましょう」  これから悪阻が始まったり、フェリアの体では予測もつかないことが起きたりするのかもしれない。  それでもカイはできる限りフェリアの支えになりたかった。 「警察学校、ここから通えないですかね」 「警察学校は全寮制だろう?」 「でも、例外とかないですかね?」 「うーん、どうだろう」  伴侶が妊娠しているのに、自分は一人警察学校で寮で暮らしているというのも落ち着かない。カイの主張にフェリアは警察学校に連絡して確認してくれた。 「休学っていうのもあるけど、それは卒業が一年遅れるから嫌だよな。理事長と話をしてみるとは言ってくれたんだがな」  警察学校の規則をどこまで緩めてもらえるかは分からないが、連絡を待つことにして、カイは携帯端末で両親に連絡を入れた。  成人しているので結婚は自分の意思で決めていいことだし、両親もフェリアとの結婚は認めてくれていた。ただ、こんなに話が早くなるとは思わなかったようだ。  驚きの声と共に、祝福のメッセージが入った。 「ルカとイヴァにも連絡しとかないと。連絡漏れは怒られる」 「カイは本当に姉妹思いだよな」 「フェリアは分からないかもしれないけど、姉妹って怖いんですって」  言ってからカイは気付く。  フェリアには兄弟しかいないし、カイには姉妹しかいない。  フェリアが姉妹の怖さを知らなくても仕方がないことだった。 「カイ、警察学校に既定の書類を出せば、寮ではなく通いでも認めるって言われてる。俺が妊娠してることとカイと籍を入れたことを伝えたら、妊娠中の伴侶をサポートするのは夫婦として当然のことって言われた」  理事長まで話を通して警察学校と交渉した結果、カイはフェリアの部屋から警察学校に通えることになりそうだった。 「駐車場を申請して、俺がフェリアを送って行って、その後で警察学校まで運転していきます」 「いや、俺が運転するよ」 「いえ、俺がします」  これはフェリアであってもカイは譲れなかった。  これからお腹が大きくなるかもしれないフェリアに運転させることはカイはできない。免許は持っているのだから、カイはフェリアを送っていくことができる。 「過保護だな」 「過保護なくらいじゃないと、フェリアは自分を大事にしないでしょう」  真面目な顔で言うと、フェリアが苦笑してカイの胸に身体を預ける。 「敵わないな。愛してるよ」 「俺も愛してます」  警察学校の寮から荷物を引き上げて来たり、安定しないかもしれないフェリアの体調を気遣ったりする必要が今後出て来る。  それでもカイは後悔していないどころか、幸福なくらいだった。 「卒業する前に俺はお父さんになるわけですね」 「想定よりちょっと早かったけど、それはそれでいいとしよう」 「どうします、フェリア。子どもが俺たちのことどう呼ぶか迷ったら」  カイは男性だし、フェリアも自認は男性だ。フェリアは体の関係でたまたま子どもが産めただけで、産めなければ養子をもらっていたかもしれない。 「どっちも『パパ』だと分かりづらいから、名前で呼んでもらうか」  子どもを産むのだからフェリアが「ママ」でもおかしくはないのだが、それはフェリアは考えていないようだった。 「そうですね、フェリアとカイですか」 「俺は母のことを名前で呼んでたからな。そういう家庭もあってもいいんじゃないか」  家族のことはあまり語らないフェリアが家族のことを語っている。それをカイは目を細めて聞いていた。  八か月後、フェリアは元気な男の子を生んだ。  胎児の成長を見て、若干早めの出産だったが、フェリアも子どもも無事だった。  産後休暇を取らされたフェリアは、不満そうだった。 「俺は働けるのに」 「あれだけの手術を受けたんですから、休んでいてください」  カイに言われてフェリアは渋々休んでいた。  カイが警察学校を卒業してから、フェリアは職場復帰してカイは警察官になった瞬間に育児休暇を取るという異例のスタートになったが、フェリアが働きたくてたまらなかったのを知っているから、カイはそれを応援するつもりだった。  結婚式はもう少し先。  息子のジェイクが一歳になったら挙げようと約束していた。

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