27 / 28

数年後②

「須賀さんはこれそうなの?」  間に割って入った明日美は、あたりをキョロキョロと見渡す。ついに禄朗との対面を果たすのだ。  以前画廊の前で会ったことがある人だと、前もって話した。優希のパートナーが男性だと教えても、明日美はそんなに驚かない。男だろうが女だろうが、幸せならよかったと明日美はおおらかに受け止めてくれたようだった。そんな懐の大きい人だから、優希とも結婚生活を送れたのだろう。今更ながらその懐の大きさを思う。 「来るって言ってたんだけど……あ」  遠くから人波を泳ぐように、かき分けてくる人がいる。離れていてもわかる圧倒的なオーラ。すれ違う人が一瞬気を取られ、振り返っているのが見て取れた。 「禄朗!」  手をあげると、気がついた禄朗は少しだけ足を早めて近づいてくる。みんなの前に立つと、堂々とした様子で「はじめまして」と艶やかに笑った。  年を重ねても禄朗の人を引き付ける力は衰えない。さらに増した魅力に、たくさんの人が釘づけになっている。 「はじめまして、須賀禄朗です」  にこやかに笑いながら抱えていた大きな花束を花に渡した。 「成人おめでとう」 「ありがとう、ございます」  受け取った花も驚きで瞬きを繰り返す。  一抱えもある大きな花束には様々な色が咲き乱れていた。これからの人生が美しい色どりに囲まれていますように、との願いが込められている。さすが禄朗だった。昔からそういうマメさはすごいと思っていたけど、目の当たりにするとキュンとときめいてしまう女の子の気持ちが分かる。優希だっていつもときめかされている。 「遅くなってすみません。今日はよろしくお願いします」  握手を求められてはっとしたように、明日美は「元妻です」と手を差し出した。そこに嫌味だったり自分を誇示するような意地悪さはない。そのままを口にしただけだ。だけど禄朗がその言葉に一瞬つまったのを優希は見逃さなかった。何年たっても、それは彼の心に影を落としている。  表情を崩さず「明日美ちゃんですね」とメラメラする気持ちごと、がっちり手を握る。  火花を散らす様に握手を交わす二人に割って入った善本は、明日美の手を禄朗から離しながら自らも自己紹介した。見た目の穏やかさとは違って、なかなかのつわものらしい。 「じゃあ、行きましょうか」  席を予約しているレストランへ向かう。自然と禄朗の隣に並んだ優希に、明日美はクスリと笑った。 「どうした?」 「ううん。昔、須賀さんの姿を見たとき、嫌な予感がしたけど、当たっていたんだなって。その時は全然知らなかったんだけど、きっと気がついていたんだわ。二人がお似合いだって」  どう返せばいいか困惑した笑みを浮かべた優希に、禄朗が乗っかかる。 「おれこそ幸せそうな家庭をみせつけられたみたいで、しばらく凹みましたよ」 「そうなの? それは嬉しいな」  いつになく好戦的な明日美に、優希は冷や汗をかいた。 「ま、まあ、昔の話だし」 「ゆうちゃんにとってはそうかもしれないけど、ねえ。私たちにしてみれば気が気じゃなかったわよね?」 「そうですね。どうしてやろうかなとは思いましたけど」  禄朗もニッコリと笑いながら、明日美と対戦する。なんだこの殺伐とした空間は。  話を変えようとして、優希は善本へ話題を振った。 「予約までしていただいてありがとうございます。とてもおいしくて、席を取るのも難しいって聞いていましたが」  だけど善本までもが挑戦的な視線を優希に向けた。 「大切な愛娘の成人記念ですからね。ありとあらゆる手段を使ってでも用意しますよ」 「そ、そうですね」  大人たちがバシバシと火花を散らしている中、花だけが嬉しそうにニコニコと笑っている。花束の甘いにおいをかぎながら、「楽しいね」と嬉しそうだった。 「パパにも会えたし、パパの大切な人もステキな人だったし、花は幸せだわ」  男の人と関係を結んだ優希を軽蔑するかと思ったけど、花もそれをすんなりと受け止めてくれたらしい。パパが幸せならそれでいいんだよと言ってくれたことで、今回の計画が実を結んだ。  善本の決めたレストランは評判のお店らしく、雰囲気も食事のレベルも最高に素晴らしかった。和やかに食事をし、それぞれの近況を話す。善本はアートにも造詣が深いらしく、禄朗のことは昔から注目していたという。 「まさかご本人に会えるとは思っていなかったので、夢のようです」 「そうなんですか?嬉しいな、ありがとうございます」  花はそんな大人たちを見守るように、ニコニコと笑っている。 「花のことも聞かせて欲しいな」  優希が振ると、花は学校のことやお友達のことなどをポツリポツリと話し出す。年ごろのきらびやかな女の子たちは一線を画しながらも、マイペースに花の世界を切り開いているようだ。 「好きな人とか彼氏とか、浮いた話は一回も聞いたことがないのよ」  明日美に言われると、花は頬を赤らめた。 「好きな子はいるの」 「そう、花ってばずっと仲良しの女の子に夢中なのよね」  そう言われて一瞬表情を暗くする花を、禄朗も優希も見逃さなかった。明日美は花のことを、まだ恋を知らない女の子だと思っているのかもしれない。もしかしたらそうなのかもしれない。ただの中のいい友達。だけど花の心は彼女にしかわからない。  もし、この先、自分が女の子を好きになってしまったことに悩む時が来たらその時は優希が力になれる。今まで何もしてあげれなかったけど、迷いができたときには全力で支えてやろう。  禄朗がテーブルの下で、優希の手をキュと握った。 「その子にも会ってみたいな。いい子なんだろ?」  言うと花はパっと表情を明るくし、うん、と頷く。 「すごくいい子なの。パパも会ったらわかるわ」  人を好きになる瞬間は曖昧だ。この人なのかも、と心が決まる時はいつだって不安定で、同性ならなおさら。恋情なのか友人としての慕情なのか、その境目に苦しむ。  だからこそ、精いっぱい相手を想う。心を開いて相手を受け止める。ただ信じるのは互いの気持ちだけ。花にもいつかそんな時がくるだろう。 「アメリカにも遊びにおいで」  別れ際、禄朗は花に自分の名刺を渡した。 「楽しいところをいっぱい紹介してあげる。仲良しの子と一緒にさ」 「はい」  キラキラとした瞳を見せる花に、たくさんの幸せがあるように。 「じゃあね、明日美。元気で」 「ゆうちゃんも。またね」  手を振りながら別れを告げ、彼らが人ごみの中に消えていくのを見届けた。その背中が見えなくなると優希と禄朗はどちらからともなく手をつないだ。 「帰ろうか」 「うん」

ともだちにシェアしよう!