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第18話

 朝チュンって、こういう事か?  目が覚めれば予想通り、目の前に橘の顔。  カーテンの隙間から入ってきている陽の光が朝を告げている。  あの凄かった橘との初体験を終えてからの記憶が無い。  そっと体に掛かっている布団を持ち上げると、予想通りの全裸。隣の橘も同様だ。  …………………。思い出したくない記憶は、なぜこんなにも鮮明に覚えているのだろう?  俺、昨日漏らしてたよな……?  最後の最後で、やらかしてたよな?  え?それって何処だ?と、ベッドの中に潜ってゴソゴソとしていたら上から  「何してる?」  と、訝しがる橘の声。  ビクリと体を震わせて、モソモソと布団から目だけを出して橘の顔を見ると  「おはよう。体は大丈夫か?」  言いながら俺に近付いて、髪にキスを一つ。  「大丈夫」  と、答えた俺の声はガサガサで、まるで酒焼けしたみたいなダミ声になっている。  「あ~~……、まぁ、そうなるよな?」  橘は少し笑って、次いでは起き上がると  「水、持ってこような」  と言って、側にあるバスローブを着込んで部屋を出て行く。  俺は橘がいなくなったベッドで、掛け布団をバッとはぐり昨日俺が粗相したか所がどこなのか調べていると  「何、やってる?」  「石川君、おはよう」  と、橘が部屋に入って来た後ろに長谷川さんもいて、俺は咄嗟に掛け布団を体の中心に引き寄せる。  「あ、ごめんごめん。何か着る?」  長谷川さんも咄嗟に俺から背を向けてくれて、橘は俺の傍らに水のペットボトルを置くと、クローゼットから新しいバスローブを俺に投げて寄越す。  俺も直ぐにそれを羽織って、水を飲んでいると橘が部屋のカーテンを開けていく。  「昨日のDomの件で来たんだ」  と、長谷川さんが話し始める。  俺は不思議と気持ちが落ち着いていて、昨日みたいにまたフラッシュバックしてサブドロップになることは無い。  それはもう俺の心と体が橘で満たされているからだろう。  「石川君、昨日のDomだけどね昔君を襲った内の一人だと言う事が解った」  「………え?」  あの時、ホテルの部屋にいたのはDomが一人では無かったのか………。  「それで、もしかしたら今回の件で昔の犯人も芋づる式で検挙できるかもしれないんだ」  「………、本当、ですか?」  ベッドの上で座っている俺の側に橘が近付いてきて、俺の横に座ると肩を抱いてくる。  「昨日のDomは昔のその事件以来石川君のストーカーで間違いない。色々君の事を調べてここのコンシェルジュになったみたいだね」  そうだろう……。昨日アイツは俺にずっと見ていたと言っていた……。  ブルッと微かに震えた俺に、橘は回した腕を自分の方に引き寄せて  「大丈夫か?」  と、俺に聞いてきてくれる。  俺は素直にコクリと頷いて  「他の奴も検挙できるって事は……昨日のアイツとまだ繋がりがある奴がいたってことですか?」  事件を起こすDomはその場で集まって事を起こす事が多く、それが終わればつるまない。Dom同士、どうしても衝突は多くなるからだ。  俺の台詞に、一瞬気まずそうに長谷川さんは俺を見てから  「倉田って男、知ってるよね?」  おもむろにその名前が出てきて、俺は固まる。  昔、付き合っていた人。俺が一緒に未来を想像していた人の名前が出てきて俺は顔を下に向けながらも  「はい……、知ってます」  と、答える。  「ウン、その男とはまだ繋がっていて、倉田からまた別の犯人に繋げていく方法で固まってるんだけど……」  そこで一旦長谷川さんは言葉を切って、俺と橘に近付くと  「石川君がもう忘れたい事件なら、今回のコンシェルジュだけ訴える形になると思う」  と、続ける。そして  「もし、その倉田や他の犯人を捕まえて訴えるにしても、また石川君にはその当時の話を聞かなきゃいけなくてね……」  あぁ、そうか。辛い過去の出来事をまた思い出さなくてはならないから、長谷川さんは俺に選ばせてくれているのだ。  「……俺は大丈夫なんで、捕まえて下さい」  俺はペコリとお辞儀しながら長谷川さんにそう伝える。  俺の返事が意外だったのか、長谷川さんは俺をジッと見て  「本当に大丈夫かい?」  と、聞いてきてくれるが、俺はハハッと笑って隣にいる橘を一瞬チラリと見た後  「ハイ、大丈夫です」  俺の行動で長谷川さんも理解したのか、小さく安堵したような溜め息を吐いて  「そうか……、ならそっちの方向で進めていくから、また事情聴取があるけど、その時は僕か橘が必ず付き添うから」  「解りました、ありがとうございます」  「ん、じゃぁ、ま僕はこれでお暇するよ猫達はまた連絡してくれれば、こちらに持ってくるから」  「ハイ、ありがとうございます」  再度長谷川さんにお辞儀をすると、長谷川さんは部屋から出て行く。  パタリとドアが閉まると  「本当に大丈夫か?」  と、今度は橘が心配そうに俺に問いかけてくるので  「あ~~、大丈夫だろ?だって、俺にはアンタがいるし?」  抱き締められている腕に寄りかかるように体重をかけると、橘は俺の髪にチュッと音を立ててキスをして  「そうだな……」  と、呟く。そうして  「もう一度寝直すか?」  俺の体を気遣って言ってくれる橘に、俺は首を左右に振って  「イヤ……、何か腹に入れたい。昨日から食べてないからペコペコなんだ」  苦笑いしながら橘から離れてベッドを下り、窓の側まで行くと、後から抱き締められ  「ところで、さっきは何してた?」  と、聞かれる。  その問いに俺は固まり、意を決して橘の方に振り返ると  「昨日の……ッ、俺が粗相した……か所って……」  気まずそうに呟く俺に、橘はハハッ。と笑うと  「あぁ、それを気にしてたのか?」  楽しそうに言う橘に、俺は眉間に皺を寄せて  「気にしてたのかって……ッ、気にするだろ!?」  言いながらベッドに視線を向けるが  「アレは昨日捨てたな。これは昔使ってたやつだ。まぁ、コレがあって良かった。無かったらソファーで寝る羽目に……」  「す、捨てた!?」  ……ッ、そ、りゃぁマンションのゴミ捨て場は二十四時間捨てれるけど……。マットレス、持って行ったのか……?  「あぁ、君が寝てる間に私が色々と処理したからな。何か問題があったか?」  マジかよ……と動揺している俺の反応に、キョトンとした表情で呟く橘に  「……、結構良いマットレスだったよな?」  「あぁ、ケドもう使えないだろ?」  その一言に俺は、サアッと血の気が引いてしまう。  「べ、弁償……する、から」  どのくらいするのだろうか?高いやつだと何百万とかか……?  頭を抱えて、蒼白になっている俺の表情に橘はクスリと笑って  「大丈夫だ、昨夜の君の痴態を見れたんだ、安いもんだろ?」  なんて、オッサンが言いそうな事を言うものだから、俺は一度橘の胸にトンッと拳を置いて  「イヤ、オッサン臭いから」  素直な台詞を吐く俺に対して、橘は茶目っ気いっぱいの表情を俺に向け  「イヤ、本気で昨日の君はプライスレスだったからな」  と、自分で言って、自分でウケて、肩を揺らしている。  「オイ!そんな事言って……ッ、朝飯抜きにすんぞ!」  俺も笑いを堪えながら返すと、ギュッと橘に正面から抱き締められる。  「ハァッ、すまない。浮かれてるんだ、やっと私だけのSubにできたから」  そう言ってゆっくりとキスするために下りてきた橘の顔を、窓からの光がキラキラと入ってきて反射する。俺はその眩しさにゆっくりと目を閉じた。 おしまい。

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