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第60話 ひび割れた日常
「篤哉、意識が戻ったんだってな。次は理玖君だ。そうだろう?」
俺は蓮に寄りかかって、耳元で低く響く心地の良い声を聞いていた。
篤哉は意識を取り戻した。でも、頭を打った後遺症が出たみたいだと、彗が強張った顔で俺たち家族に伝えて来たのは昨日だった。俺はその事を聞いて、妙な焦燥感で家にじっとしてる事ができなかった。
無意識に蓮のマンションに顔を出した俺は、何も言わずに俺を抱きしめる蓮の腕の中でホッと息を吐き出した。それから蓮は俺をソファに座らせると、俺をあやす様に黙ってそっと俺を抱き込んだ。
俺の強張った身体から力が抜ける頃、蓮は優しく呟いた。
「大事な記憶だけすっかり抜けるとか、人間てどうしようもない生き物だな。でも、俺は心配してないよ。篤哉が理玖君の事を思い出せないなんて、きっと一過性のものだろう。
あの二人は、それこそ生まれた時から運命で結ばれた様な関係だ。お互いを知らなくてもその都度求め合うだろうから。…だから涼介は、ゆっくり理玖君が目覚めるのを待ってればいい。
…篤哉が呼んでくれるさ。」
そう言って甘やかす様に俺のこめかみにキスしたのを感じて、俺は目を閉じた。どうしても寝つきが悪くて、実際状態が悪くて人工呼吸器を離せない理玖に、いつ病院へ呼びつけられるかと考えると、眠れないんだ。
「ほら、スマホが鳴ったら起こしてやるから、安心して仮眠とれよ。また3時の面会には行くだろう?俺、車買ったからここから病院まで乗せてくから。」
俺は、ぼんやりする頭で、蓮に尋ねた。
「車、買ったのか?知らなかった。」
すると蓮は俺をひょいと抱えるとベッドへ運びながら話し続けた。
「ああ、昨日届いたんだ。涼介の足になるなら、車があった方が良いかなって思って。」
俺はクスッと笑うと、少し温かな気持ちになって呟いた。
「俺のために買ったのか?お前、俺が好き過ぎだろう。」
俺はベッドに転がされて、ケットを掛けられて目元に軽く蓮の唇を感じた。目を閉じた途端、うとうとと微睡み始めていた。
「…ああ、俺は涼介が好き過ぎて、何でもやってあげたくなるんだ。…愛し…よ。」
俺はまだ蓮が話してる気がしたけれど、それはもう言語として受け止められないまま、吸い込まれる様に意識を手放した。次に蓮に起こされた時には、俺は随分身体も心もスッキリとしていて、心配そうに見つめる蓮に久しぶりの笑みを浮かべたんだ。
俺の恋人は癒し系かもしれないな。
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