60 / 88
58
side. Madoka
「そろそろだな。」
兄ちゃんがそう口にした途端、昴クンが壁へと叩きつけられ。
力無く、床に崩れ落ちていく。
タガが外れた晃亮クンは。
動かなくなった彼にも気づかないで、その胸倉を掴み拳を握り締めたけど─────
「もういいだろ、晃亮。」
その腕を、兄ちゃんが掴んで制していた。
「…はなせ。」
「ダメだ。」
何でもないようにみえるけど。
兄ちゃんも晃亮クンの腕も、
ギリギリと音がするくらい…
微かに震えていた。
「いいのか?コイツまでテメェで壊しても。」
よく見ろと、
晃亮クンを昴クンの方へと向けさせる。
床に倒れた昴クンは、僅かに意識があるみたいで…。
じっと晃亮クンを見上げていた。
「昴クン…!」
よろよろと駆け寄って、
上体を起こそうとする彼の背を支える。
泣きじゃくりながら名を呼べば、今までの事が嘘みたいに。
キミは優しく、オレに笑い掛けてくれた。
「晃亮…」
「…すばる。」
見つめ合うふたり。
何者も遮って、
お互いの心を直接、通わせるかのような…
そんな沈黙の末─────…
「お願いだ…この人だけは、傷付けないでくれっ…」
グッとオレの肩を抱き寄せ、切に訴える昴クン。
「俺の所為だって解ってる!だから俺は、どんな事だって耐えてみせる。でも…円サンはッ、円サンだけは…絶対に譲れないんだ!」
「昴クン…」
どうしよう。
こんな時に不謹慎だけど。
嬉し過ぎて涙が止まんないや…。
「晃亮、頼む────…」
「おまえは…」
今まで心ここに在らずだった晃亮クンが、
独り言のように話し始める。
「もし俺が命令したら、お前は…どっちを、えらぶ?」
不可解な疑問だったけれど。
昴クンは迷うことなく…
「ごめん、晃亮…俺にとって何より大切なのは、円サンなんだ…。」
ごめんと何度も頭を下げる昴クン。
彼らにとってソレは裏切り。
小さな頃からふたりで生きて行くと決めた、晃亮クンを捨ててでも。
キミはオレなんかを、選んでくれるんだね…。
きっと、晃亮クンは寂しかったに違いない。
また独りぼっちになってしまうことが、怖くて…。
黙り込んでしまった彼が心配になって、徐に仰ぎ見ると。
「そう、か。」
意外にもあっさりそう告げて、
力無く拳を下ろした。
「晃亮…」
ふらりと部屋を去ろうとするその背を、
昴クンが呼び止めたけれど。
(俺に任せとけ。)
代わりに兄ちゃんがそう目配せして。
彼の後を追い、出て行ってしまった。
さっきまでの、張り詰めた空気が嘘みたいに。
しんと静まり返った室内にふたり。
遣り場に困った複雑な心境を胸に、俯いていたら…
「ごめんなさい、また怪我させてしまって…」
自分の身体の方が何倍も傷付いて痛いハズなのに。
オレの頬をそっと労るよう、撫でてくれる昴クン。
「うう、んッ…」
込み上げる感情に声は出ず、
必死で首を横に振る。
「本当は、今までの事を考えたら…貴方を好きになる資格なんて俺には無いだろうけど。それでも、」
貴方の傍にいたい。
…そんなコト、聞かなくて良いのに。
「いて。ずっと…」
キミが望むなら、何度でも応えてみせるから。
「晃亮クンは、どうするのかな…」
本当はすごくショックを受けてるんじゃないだろうか?
兄ちゃん、大丈夫なのかな…
「晃亮も、根は優しいヤツなんです。俺が一方的に後ろめたい気持ちを抱いていただけで…。アイツが俺を責めたり傷つけようとした事は、今まで一度も無かったから…。」
信じてる────…そう言い切れるふたりは。
きっと兄弟以上の繋がりが、あるんだろうな…。
「うん…そうだね。」
(もしかしたら、兄ちゃんなら────)
変えてくれるかもしれない。
ここまできて人任せは忍びないけれど。
こればっかりは、オレや昴クンに
どうにか出来る事じゃないと…思うんだよね。
何より彼自身が見つけなきゃ、始まらないから…。
「俺は諦めませんから。」
晃亮の事も、貴方の事も。
ふわりと笑ったキミに、
止まってた涙がまた溢れ出して…
俺は躊躇いもなく、
愛しいキミの胸へと、この身を埋 めるんだ。
ともだちにシェアしよう!