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side. Madoka 「そろそろだな。」 兄ちゃんがそう口にした途端、昴クンが壁へと叩きつけられ。 力無く、床に崩れ落ちていく。 タガが外れた晃亮クンは。 動かなくなった彼にも気づかないで、その胸倉を掴み拳を握り締めたけど───── 「もういいだろ、晃亮。」 その腕を、兄ちゃんが掴んで制していた。 「…はなせ。」 「ダメだ。」 何でもないようにみえるけど。 兄ちゃんも晃亮クンの腕も、 ギリギリと音がするくらい… 微かに震えていた。 「いいのか?コイツまでテメェで壊しても。」 よく見ろと、 晃亮クンを昴クンの方へと向けさせる。 床に倒れた昴クンは、僅かに意識があるみたいで…。 じっと晃亮クンを見上げていた。 「昴クン…!」 よろよろと駆け寄って、 上体を起こそうとする彼の背を支える。 泣きじゃくりながら名を呼べば、今までの事が嘘みたいに。 キミは優しく、オレに笑い掛けてくれた。 「晃亮…」 「…すばる。」 見つめ合うふたり。 何者も遮って、 お互いの心を直接、通わせるかのような… そんな沈黙の末─────… 「お願いだ…この人だけは、傷付けないでくれっ…」 グッとオレの肩を抱き寄せ、切に訴える昴クン。 「俺の所為だって解ってる!だから俺は、どんな事だって耐えてみせる。でも…円サンはッ、円サンだけは…絶対に譲れないんだ!」 「昴クン…」 どうしよう。 こんな時に不謹慎だけど。 嬉し過ぎて涙が止まんないや…。 「晃亮、頼む────…」 「おまえは…」 今まで心ここに在らずだった晃亮クンが、 独り言のように話し始める。 「もし俺が命令したら、お前は…どっちを、えらぶ?」 不可解な疑問だったけれど。 昴クンは迷うことなく… 「ごめん、晃亮…俺にとって何より大切なのは、円サンなんだ…。」 ごめんと何度も頭を下げる昴クン。 彼らにとってソレは裏切り。 小さな頃からふたりで生きて行くと決めた、晃亮クンを捨ててでも。 キミはオレなんかを、選んでくれるんだね…。 きっと、晃亮クンは寂しかったに違いない。 また独りぼっちになってしまうことが、怖くて…。 黙り込んでしまった彼が心配になって、徐に仰ぎ見ると。 「そう、か。」 意外にもあっさりそう告げて、 力無く拳を下ろした。 「晃亮…」 ふらりと部屋を去ろうとするその背を、 昴クンが呼び止めたけれど。 (俺に任せとけ。) 代わりに兄ちゃんがそう目配せして。 彼の後を追い、出て行ってしまった。 さっきまでの、張り詰めた空気が嘘みたいに。 しんと静まり返った室内にふたり。 遣り場に困った複雑な心境を胸に、俯いていたら… 「ごめんなさい、また怪我させてしまって…」 自分の身体の方が何倍も傷付いて痛いハズなのに。 オレの頬をそっと労るよう、撫でてくれる昴クン。 「うう、んッ…」 込み上げる感情に声は出ず、 必死で首を横に振る。 「本当は、今までの事を考えたら…貴方を好きになる資格なんて俺には無いだろうけど。それでも、」 貴方の傍にいたい。 …そんなコト、聞かなくて良いのに。 「いて。ずっと…」 キミが望むなら、何度でも応えてみせるから。 「晃亮クンは、どうするのかな…」 本当はすごくショックを受けてるんじゃないだろうか? 兄ちゃん、大丈夫なのかな… 「晃亮も、根は優しいヤツなんです。俺が一方的に後ろめたい気持ちを抱いていただけで…。アイツが俺を責めたり傷つけようとした事は、今まで一度も無かったから…。」 信じてる────…そう言い切れるふたりは。 きっと兄弟以上の繋がりが、あるんだろうな…。 「うん…そうだね。」 (もしかしたら、兄ちゃんなら────) 変えてくれるかもしれない。 ここまできて人任せは忍びないけれど。 こればっかりは、オレや昴クンに どうにか出来る事じゃないと…思うんだよね。 何より彼自身が見つけなきゃ、始まらないから…。 「俺は諦めませんから。」 晃亮の事も、貴方の事も。 ふわりと笑ったキミに、 止まってた涙がまた溢れ出して… 俺は躊躇いもなく、 愛しいキミの胸へと、この身を(うず)めるんだ。

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