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第12話 編集者との会食

 そして翌週の金曜日は隼一の担当編集者を交えて食事をすることになった。隼一は各出版社とのやり取りをそれぞれ別々の人間と行うのは煩わしいということで、現在は一人に全てを任せているそうだ。 「はじめまして、笹原琴子(ささはら ことこ)と申します。よろしくお願いします」 「早瀬夕希です。こちらこそよろしくお願い致します」  彼女は大手出版社勤務を経て現在は編集プロダクションに勤めている、一回りほど歳上のベータ女性。ウェーブしたベージュの髪が小柄な彼女の背中まで伸びている。べっこう縁の眼鏡を掛けており、知的な雰囲気だけど柔和な笑顔に親しみが持てた。 「はじめましてと言ったけど、ホテルのラウンジでたしか一度お会いしましたよね? 先生の紹介なんてなかなか無いですよ。一緒にお仕事するのが楽しみです」 「あ、えっと僕は大したものが書けるわけじゃないんですけど……」 「謙遜しないでくださいよ~。彼に認められたなら実力があるってことですから!」 「いえ、あの……」  そんなふうに言われて夕希は恐縮してしまう。夕希は彼の依頼を受ける交換条件として編集者に紹介してもらっただけだが彼女はそれを知らない。そうとなれば人気コラムニストが推薦するんだから、ある程度の実力があると思われるのも無理はない。  夕希の動揺を察したのか、隼一が付け加える。 「彼はまだ文章を書くのは練習中なんだ。だけど味覚の鋭さに関しては素質があるから俺のアシスタントとして現地に同行してもらおうと思ってる」 「あら~そうなんですか。良かったですねえ早瀬くん! きっと普通じゃなかなか行けないお店に連れて行ってもらえますよ」  笹原がこちらに笑顔を向ける。夕希は助け舟を出されてホッと胸をなでおろした。 「はい。色々教えて貰えて、笹原さんにもこうして会わせてもらって感謝してます」 「あらあら、素直で良い子じゃない! 鷲尾先生はちょっと気難しいところがあるけど中身は真面目でいい人だからしっかり勉強させて貰うといいですよ」  笹原の言葉に隼一がムッとした表情をする。 「気難しい? 俺のどこが?」 「まぁ! 自分じゃ気づかないって言うんですか? 食べ物にも厳しいし、人に関してもより好みが激しいじゃないですか。もう編集者だって私で何人目です?」 「おい、そういう話はいいだろ」 「やだ。もしかして早瀬くんには聞かせたくない話でした? ごめんなさいね私ったらお喋りで」  彼女は朗らかに笑っている。会う前はちょっと緊張していたけど、気さくそうな人で安心した。 「そんな話はいいから乾杯しよう」 「そうだった、もうお腹ぺこぺこだわ。それじゃあ早瀬くんとの出会いにかんぱーい!」  今夜は隼一の自宅近くにある中華料理店に来ていた。旧大使公邸を改装した建物で、落ち着きのあるモダンな内装だ。案内されたのは店の奥にある個室で、壁には青い染付の大皿が飾られている。  料理に合わせて紹興酒(しょうこうしゅ)やワインなどのお酒、そして中国茶や台湾茶などもペアリングをしてくれるのが隼一のお気に入りらしい。ミシュラン掲載店なので料理の味もお墨付きだ。  前菜を食べながら笹原が夕希に言う。 「先生に意地悪されたら私に言ってくださいね」 「なんだよそれ。人聞きの悪い……」 「冷たいイメージなんですよ、先生は。人の心をえぐること平気で言ったりしますし」 「そうか?」 「そうじゃありません? 早瀬くん」  話を振られて夕希はたじろいだ。 「あ、はい。実を言うと最初からいきなり僕の書いたブログを酷評されて泣きそうになりました」 「でっしょ~! 先生気をつけてくださいよ。あんまり厳しいこと言ったら逃げられちゃいますよ」 「別に俺はそんなキツイこと言ったつもりは――すまない。怒ってる?」 「いえ、怒ってはいないですよ」  隼一は痛い所を突かれたのをごまかすように紹興酒のグラスを傾けた。  料理はコース形式で、少量ずつ個性的な皿に盛り付けられて出てくる。笹原が海老料理を食べてため息をついた。 「ああ~、なんて美味しいの! やっぱり先生が連れてきてくれるお店は違うわぁ」 「本当ですね。僕中華料理のコースって初めてです」  笹原と夕希が料理の感想を言い合っていると、隼一のスマホに着信があった。 「悪い、ちょっと出てくる」  隼一が部屋の外へ出ると笹原が急に表情を引き締めて言う。 「早瀬くん、ちょっと聞きたいんだけど」 「はい、なんでしょう?」 「失礼を承知で聞くわね。さっき紹介されたときはベータだと言っていたけど、あなたオメガよね?」

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