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第11話 週末同棲?
翌朝目を覚まし、いつもと違う風景に一瞬これは夢だろうかと夕希はぼんやり考えた。しかし頭がはっきりするにつれ、隼一のマンションに泊まったことを思い出した。
「今何時だ……?」
スマホで時間を見ると、もう八時過ぎだった。あまりお酒は強くないのにワインをたくさん飲んだせいで、少し頭が重い。泊まらせてもらった上に寝坊してしまった――。
借り物のルームウェアの裾を引きずりつつ夕希はリビングに顔を出した。ダイニングで雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいた隼一が顔を上げる。メガネを掛けていて部屋着姿なせいかいつもより雰囲気が柔らかい。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。すみません、寝坊しちゃって……」
「それはいいんだが、ちょっと顔色が悪いな。さあそこに座って。水を持って来よう」
隼一はコップにミネラルウォーターを注いで渡してくれた。夕希は彼の向かいに腰掛けて水を一口飲む。
「大丈夫か? 二日酔いかな」
「そんなに具合は悪くないです。隼一さんっていつも何時に起きられるんですか?」
「その日にもよるが……六時位かな?」
――今度泊まるときは六時にアラームだな。
「何か腹に入れたほうがいいか? 俺はいつも朝はコーヒーだけなんだけど」
「あ、じゃあ僕何か作りますね」
せめてもの罪滅ぼしにキッチンを使わせて貰おうと立ち上がったところ、彼に止められた。
「悪い、食材は全然置いてないんだ」
「え? そうなんですか」
「ああ。いつ海外に出掛けるかわからないし、人が来ることなんて滅多にないから酒しか置いてないんだ。俺は外で食事を済ませてしまうしね」
「でも恋人が来たりしないんですか?」
「今特定の相手はいない。それに、いてもこの部屋に連れてくることはないな。好きじゃないんだ、人を部屋に入れるのが」
「じゃあなんで僕に泊まれだなんて……」
「それは君を帰したくない気分だったから」
――そういうことサラッと言うのがアルファらしいというかなんというか……。
「じゃあ、あの部屋をお借りするのは遠慮します。無理に部屋を用意してくれなくていいですよ」
「いや、いいんだ。君は居てくれたほうが助かるから」
「はい……?」
夕希が首を傾げていると彼がもどかしそうに説明を続けた。
「つまり君の香りが必要だってことだよ。匂いが全く無い世界にいると、気が滅入るんだ。この部屋に君が来て気づいたんだけど、匂いがしないことなんて忘れてリラックスできた。君さえ良ければ好きなだけここにいて欲しいくらいだ」
――好きなだけ……?
彼の境遇には同情するけど、ずっと彼と一緒に居て正気を保つなんて絶対に無理。そう思って夕希は眉をひそめる。
「そんな変な顔しないでくれよ。別に一緒に住もうと言ってるわけじゃない。そうだ、じゃあこうしよう。毎週金曜の夜からここに泊まって、日曜には君は家に帰る。どうだ?」
「え……」
――なんていうか、隼一さん必死?
「それも嫌なのか?」
基本は無表情なのに、よく見ると顔色を変えている様子がわかってちょっと面白くなってきた。
「いえ、そういうわけじゃないです。なるべく週末は泊まらせてもらいます」
「ありがとう」
隼一は安堵した様子で夕希の手を握った。
――僕が家に来るってだけで彼が嬉しそうにしてるのは悪くない気分かも。
「それで今日は何をしたらいいですか?」
「昨日食べた寿司の記事を書いてもらって、俺が添削しよう」
それは夕希にとって願ってもない申し出だった。
ここで過ごすのは彼にだけメリットがあるわけじゃない。こちらにとっても仕事を得るためのチャンスなんだ。せっかくこんな有名コラムニストと週末を過ごせるんだから、色々教えてもらわないと――。
◇
隼一がパソコンの画面を見ながら頷く。
「うん、まあまあかな」
「ありがとうございます。じゃあこれで更新します!」
あの後夕希は寿司店について文章にし、隼一にチェックしてもらって手直しをした。そしてようやくブログをアップする。普段はスイーツのことばかり書いているブログだけど、急にお寿司の人気店の記事なんて読者が驚くかな、と今から反応が楽しみだ。
「さて、君を編集者に紹介すると言ったのはどうしようか」
「是非お願いしたいです。でも今のレベルで仕事になるんでしょうか?」
「こうやって毎週俺がつきっきりで指導するんだからなんとかなるだろう」
――本当に毎週指導してくれる気なんだ。
「じゃあお願いします!」
「わかった。なるべく来週の金曜の夜に会ってもらえるように調整するよ。もう昼だし、ちょっと休憩しよう」
隼一と一緒に徒歩五分の距離にあるカフェに入店した。住宅街にとけ込む目立たない店構えで、お客さんも近所の常連が多そうだ。
「ここのカレーが美味しいんだ。カレーで大丈夫? あ、待てよ。君は体調が悪いんだっけ」
「いえ、もう大丈夫なのでカレーでいいですよ」
「そう? じゃあおすすめだから」
彼はこちらの体調まで気にしてくれている。強引だったり、辛辣なことを言ってくることもあるけど基本的に優しい人なんだろう。
出てきたカレーは無水調理された野菜の繊維たっぷりのもので、とても美味しかった。
会計の際、夕希は財布を手に申し出た。
「ここのお会計くらい僕にさせてもらえませんか」
「そんなの気にしなくていいって。こうやって一緒に食べるのも仕事のうちなんだから」
「すいません。またご馳走になって……」
夕希が恐縮していると、彼が怪訝 そうな顔をした。
「不思議だな。オメガの子って大抵はお金持ってるアルファに奢られるのなんて当然って顔するものなのに」
「僕はベータですので!」
「ああ、そうだったか。失礼」
夕希はそういう甘え方をするオメガに嫌悪感を抱いている人間だ。
「別にいいです。ごちそうさまでした。美味しかったです」
彼は夕希がムキになるのを見て少しだけ唇の端を引き上げた。
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