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第27話 情緒不安定なオメガ

 隼一に支えられながら彼の自宅に到着し、夕希はベッドに横になった。 「スーツ、脱がないと」 「そんなのいいから」 「だめです、皺になっちゃう」 「わかったよ。じゃあ脱がせるからな」  彼は普段の無遠慮さが嘘のように控えめな動作で夕希のジャケットを脱がせた。彼がジャケットをハンガーに掛けてくれる間に夕希はスラックスの前をくつろげて自分で脱ごうとした。すると彼が驚いた様子で声を上げた。 「下も脱ぐのか?」 「だって、皺になるから……」  彼は渋々スラックスの裾を引っ張り、脱ぐのを手伝ってくれた。 「ごめんなさい。せっかく新しいスーツでレストランにも行けるはずだったのに……」 「気にするな。今着替えを持ってくる」  そう言って隼一は夕希とは目を合わせずにそそくさと部屋から出ていった。ルームウェアはバスルームのクローゼットに入れてある。  彼が普段と比べて妙にそっけないのは、せっかくの予定をだめにされたからだろう。きっと今夜もちゃんとしたお店を予約してくれていただろうに。 「はぁ……なんだよ、もう。頬にキスされたくらいで倒れるなんて」 ――あ、待てよ。今日って何日だ?  夕希は壁に掛かっているカレンダーを見た。 ――そうか。発情期の予定日まであと一週間位しかないんだ。そこへアルファのフェロモンを間近で浴びたせいで――。  オメガは発情フェロモンでアルファを誘う。一方アルファの中には特に強く相手を惹きつけるフェロモンをもつ者がいる。そしてそのようなアルファのフェロモンを浴びると、オメガの発情が誘発されることがあるという。  そもそもオメガはアルファの近くにいるだけでホルモンバランスが変化するとも言われている。  これまで夕希は意識的にアルファに近づかないようにして来た。それが急にアルファの隼一と過ごす時間が増えたので、ホルモンバランスが乱れているのかもしれない。  ノックと共に彼がルームウェアを持って戻ってきた。 「着替え持ってきた」 「ありがとうございます」 「何か飲みたいものは?」 「じゃあ、お水を」  また彼は目も合わせずに(きびす)を返した。ルームウェアを着て待っていると、隼一が水を持ってきてくれた。 「すみません、何から何まで」  隼一がベッドに腰掛けた。彼のフェロモンにあてられて具合が悪くなっているはずなのに、不思議と彼が傍に来ていつもの香りに包まれると気分が落ち着く。 「大丈夫か? 医者を呼ぶ?」 「いいえ、大丈夫です。少し寝たら良くなると思うので」  まだ発情期には早いはずだし、この感じなら寝て疲れが取れれば元に戻るだろう。 「わかった。じゃあ、ゆっくり寝て。何か欲しいものがあったら呼んでくれ」 「はい。ありがとうございます」 「おやすみ」 「おやすみなさい」  彼がドアを閉めて行ってしまうと、急激に胸が詰まるような寂しさに襲われた。子どもの頃に熱を出し、うなされながら目を覚まして誰も近くにいなかった時のような心細さだ。横になって目を瞑っているのにめまいがする。 ――離れてほしくない……近くに居て、抱きしめてほしい。さっきみたいに肌が触れ合う距離で彼の匂いに包まれていたい。  うつらうつらしながら夕希はとりとめのない思考に身を委ねていた。発情期とは違う、だけどなんとなく近いような感覚。これまでの発情期中とはちがって、特定の相手を求めて全身が切なくなるような感じ。 ――ひとりになりたくない。お願いだからここに来て……触れていてほしい……。  温かいものがこめかみを伝った。行き場を失った感情が溢れ出て枕を濡らす。

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