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第61話 北山と笹原との結末
ある十一月の晴れた日、夕希と隼一はランチのためにフレンチレストランを訪れていた。スイーツビュッフェのため通っていたホテルのすぐ近くにあるお店だ。何度も目にしてはいたが、夕希が建物の中に入るのは初めてだった。
まるで西洋のお城みたいな内装で、曲線を描く階段を登ると個室が用意されていた。ロココ調の可愛らしいインテリアだ。個室なので、ひと目を気にせずリラックスして食べられた。夕希が彼の元に戻って以来隼一の鼻の具合も良く、料理も味わえている。
彼と一緒に過ごすようになって、夕希の食欲は落ち着きをみせていた。この調子だと、次の発情期後はスイーツビュッフェに行かなくても済みそうだ。
食後のデザートを食べているときに彼が切り出した。
「少し時間がかかったけど、お父さんの会社の件はちゃんと収まったから」
「ありがとうございました。本当になんと言っていいか……」
「夕希。結婚するんだから、俺にとっても身内なんだよ。家族を助けるのは当然のことだろう」
「――はい」
夕希が北山との婚約を取りやめるにあたりネックとなっていたのは、父の会社への出資の件だった。だけど、隼一が礼央の会社を通して父の会社を合併する形で丸く収めてくれたのだ。父ははじめこそ不満を漏らしていたが、大手企業との合併と夕希の新たな婚約者である隼一を見てすっかり気を良くした。
「すみません。父って本当に現金な人で」
「ある意味わかりやすくていいよ。お陰で俺と夕希の結婚もすぐ認めてくれたし」
母はそもそも結婚相手がどんな人間であろうと、とにかくアルファであれば良いと思っている人だ。なので、もちろん隼一との結婚に反対する理由はなく大賛成してくれた。「あら、あなたテレビで見たことあるわ!」と隼一の顔に見惚れていたほどだ。兄も最後に会ったときの夕希の様子を密かに心配してくれていたようで、夕希が本当に好きな人と一緒になれると知って喜んでくれた。
北山には隼一と一緒に先日会ってきた。ネックガードと婚約指輪を返し、夕希の私物を持ち帰るためだ。彼はもちろんすぐには認めてくれなかった。しかし父の会社のことが夕希を脅すネタにならないと知ってやっと諦めてくれた。
「北山さん、ただ赤ちゃん欲しいだけなら僕なんかよりもっと若いオメガを結婚相手に選べばいいのに。非合理的ですよね」
「夕希……あのなぁ。彼は君との子どもが欲しかったんだろ?」
「え? でも、出世がどうのって気にしていましたよ」
「君はたまにびっくりするくらい冷たいね。俺と夕希が一緒に出向いた時の彼の顔を見なかったのか?」
「え?」
「絶望ってこういう顔のことをいうんだなって思ったよ」
「そうですか……?」
――だって北山さんは子作りに協力しないからって僕のこと殴ってきたんだよ……?
「かと思えば笹原さんを許す寛大な所はあるし。なぁ、なんで彼女を許した?」
「うーんそうですね……。彼女が僕と似ている気がして。見捨てたら、僕みたいにいらない勘違いをしたまま生きていく事になっちゃいそうで」
笹原ともあの後隼一を交えて会っていた。彼女はオメガである姉に恋人を寝取られてから、オメガという性を憎んでいた。その元恋人はアルファだ。それ以来、気に入らないオメガの新人を見つけるとオメガ好きのセクハラ編集長に紹介しては憂さ晴らししていたそうだ。
隼一は彼女のしていることは知らなかったけど、編集長の性癖のことは知っていたから、夕希にその仕事はやめろと強く言ってきたのだ。
しかも驚いたことに、以前夕希のSNSにアンチコメントを書き続けていたのも彼女の仕業だった。夕希はその件はすっかり忘れていたし、そもそも北山のことを疑っていたくらいなので隼一から聞いた時は信じられなかった。
だけど考えてみれば、彼女なら隼一と夕希が一緒にいる写真を見て誰だかすぐにわかっただろう。彼女はオメガの夕希が隼一に色仕掛けで迫っていると思い込んで妨害しようとしていたそうだ。
「俺は彼女こそ許せないけどな」
「でも、アルファやオメガの本能によって傷つけられたところは僕と同じなんですよ。かわいそうじゃないですか」
「しかしねぇ……俺のアシスタントとわかっててあの変態に紹介するなんて……」
隼一は納得がいかず眉間にシワを寄せる。
「でも結局、お姉さんもそのアルファの人に浮気されて別れちゃったなんて皮肉ですよね」
「アルファがどうのっていうより、その男が惚れっぽかっただけだろ」
「そうかもしれないですね」
笹原の姉はそのアルファ男に浮気されて笹原に泣きついてきたらしい。それで、姉妹揃って「あいつ最低」と意気投合したようだ。今は姉妹仲良くしていると話していた。
「僕、笹原さんのことはなんとなく憎みきれないんですよね。チャーミングじゃないですか? 彼女」
そう言うと隼一が眉間に皺を寄せて夕希を睨んだ。
「前から思っていたけど、君は笹原さんのことがお気に入りだよな」
「え、バレてました?」
「気に食わない……ものすごく気に食わない……」
――隼一さんの顔、怖いんですけど。
「えーと、ごちそうさまです。そろそろ行きましょうか」
「話をそらそうとしてるな」
「あ、僕地下のパン屋さんも寄りたいなぁ」
隼一は渋々夕希に従って席を立った。パンをいくつか買って外に出る。
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