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第十一章・3

 広大な庭園の、ほんの一部を、麻衣は岩倉に紹介してもらった。 「季節が秋でございますので、秋の苑地をご案内いたします」  緑の鮮やかな苔に敷かれた飛び石を歩きながら、麻衣はその美しい光景を楽しんだ。  清水の湧き出でる広い池に、色とりどりの鯉が遊ぶ。  水面に映る紅葉は、赤、橙、黄と彩り豊かに誘う。  枯れ落ちた葉さえ、侘び寂びを伝えてくる。  麻衣は、すっかり庭園のすばらしさに心を奪われていた。 「素敵な、お庭ですね」 「ありがとうございます。いずれ、冬の庭園もご案内します」 「あの……」 「はい?」 「響也さんと一緒に、このお庭を歩いてみたいのですが」  ささやかな麻衣の願いだったが、岩倉は難しい顔をした。 「響也さまは、大変お忙しい毎日をお過ごしですので……」 「ダメ、ですか?」  麻衣の表情があまりにも悲しげだったので、この執事はつい口にしていた。 「わたくしの方から、響也さまにお願いしてみましょう」 「ありがとうございます!」  それだけで、ぱあっと明るくなる麻衣に、岩倉は胸を痛めた。 (響也さまが、この御方を大切にしてくださるといいが)  そんな風に、願った。

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