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第十一章・4
庭園の散策を終え、麻衣は岩倉の案内で3階内の医療スペースを訪れた。
だが、診察室に医師の姿がない。
「おかしいですな。この時刻にと、連絡しておいたのですが」
岩倉は麻衣にチェアを勧めると、隣室のスタッフルームへと出て行った。
残された麻衣は、きょろきょろと室内を眺めた。
そこには診察に必要な器具や機械類の他に、書物も積んであった。
タイトルを読むと、それらは全てオメガ男性の妊娠のために書かれたものだ。
一般書籍だけでなく、学会の論文まである。
麻衣が目を惹かれたのは、著者の中に『赤井』という姓が多いことだった。
「もしかして。『赤井 武郎(あかい たけろう)』って」
その名前には、憶えがある。
赤井 武郎。
この国で、いち早くオメガ男性の妊娠・出産に注目し、その医療ノウハウを確立させた医師だ。
麻衣の曽祖父より年上なので、すでに故人となっている。
しかし、彼の功績により、オメガ男性の妊娠・出産は飛躍的に楽になった。
それは世界的にも認められ、ドクター・アカイの名は産科の医師なら誰もが知るところだ。
そんな赤井医師の著書や論文を身近に置いている担当医に、麻衣は好感を持った。
「赤井先生のことを知っている方なら、安心して診ていただけそう」
ところが、岩倉に背を押されながら診察室に入って来た男を見て、驚いた。
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