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第十一章・5

「早くしてください、赤井先生。スケジュールが、押していますぞ!」 「解った、解った。そう、急くなよ」  白衣を身に着けているところから見ると、この男は医師だろう。  そして、麻衣の担当医。  だが麻衣は、この屋敷に来て初めて、衣服を着崩している人間を見た。  白衣の下は確かにスーツだが、ネクタイがひどく緩んでいる。  シャツの裾が、スラックスの脇からはみ出している。  足元は光る革の靴ではなく、サンダルだ。  ただし、首から下げたネックストラップには『赤井 哲郎(あかい てつろう)』とある。 「赤井、って。もしかして、赤井 武郎先生のご親戚ですか?」  思わず訊いた麻衣に、医師は明るい笑顔でうなずいた。 「赤井 武郎は、俺のひいおじいちゃんだ」  そして、麻衣の姿を上から下まで、しげしげと眺めた。 「小さいなぁ、細いなぁ。これでホントに、赤ちゃん産めるのかな!」 「え!?」  初対面の医師から、そんなことを言われたのは初めてだ。  麻衣が戸惑っていると、岩倉が。  あの落ち着いた岩倉が、顔を赤くして怒鳴った。 「それを何とかするのが、あなたの仕事でしょうが!」 「冗談だよ。そう、怒るなって」  勢いよくデスクチェアに掛けた、哲郎。  彼に勧められるまま、その真向かいのチェアに腰掛けたが、麻衣は不安になっていた。 (これはまた、個性的なお医者様だな)  しかし、響也との間に新たな命を授かるには、彼の助けが必要不可欠だ。 (僕、この先生と、うまくやっていけるかなぁ)  笑顔だけはやたらと良い哲郎を前に、麻衣は胸の内で溜息をついていた。

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