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第十二章 響也の欠点
ずいぶんとだらしない格好と、ルーズそうな性格の哲郎だったが、医師としての腕は確からしかった。
代々医者の家系に生まれついた彼は、曽祖父の武郎を心から尊敬している。
その影響もあって、外科医の他に、オメガ男性の産科医としての免許も持っている。
有名難関大学の博士課程を経て、実家の医院で父や母と共に、最前線で活躍している……、のだが。
「早乙女 麻衣くん。響也とは縁を切って、もっといい男を見つけなさい」
こんなことを、言うのだ。
癖の強い黒髪をペンで掻きながら、眼鏡の奥の細い目をさらに細めて、何だか辛そうなのだ。
細面で整った顔立ちを歪めて、溜息をついている。
黙っていれば相応にイケメンなのだが、この言葉に麻衣は唇を尖らせた。
「どうして先生は、そんなことをおっしゃるんですか? 僕は、響也さんが好きだから、このお屋敷に来たのです」
「若いなぁ。あいつじゃあ、君を幸せにできないよ」
「なぜ、ですか?」
「それはね……」
哲郎が何か言う前に、診察室へ新しい人間が入って来た。
「哲郎。麻衣に、余計なことを吹き込んでいるんじゃないだろうな?」
それは、今は遅い昼食を摂っているはずの、響也だった。
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