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第十三章・4

「おかしいな」  麻衣と二人で菊を眺めた後、響也は服部から小言を受けて執務に着いた。  仕事がひと段落するたびに、ふと麻衣を思い浮かべてしまうのだ。  共に過ごした短い時間を、鮮やかに思い出してしまうのだ。 「彼は、笑顔だった」  うん、とうなずき、良かった、と安心する。  どうやら、この屋敷に馴染んでくれたらしい。 「さて、次は……」  データを見ると、そこには宇宙開発事業の計画案が示してある。 『そして棟上げ式を開き、月のウサギさんと一緒についた、お餅をまきます!』  パーティーでの、麻衣の声が脳裏に響いた。 「可愛かったなぁ、あの時の麻衣」  くすりと笑い、響也は我に返った。 「この私が、執務中に雑念を抱くとは」  しかし、雑念と呼ぶには、あまりに素敵な麻衣の笑顔だ。  それからの響也は、すっかり困ってしまった。 「まずい……。仕事が手に着かない……」  麻衣は今、何をしているのか。  哲郎に、私の悪口を聞かされているのではないか。  とうとう椅子から立ち上がり、執務を中断してしまった。

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