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into u;1;桂
テニスコートでラケットを振り続けるには、あまりに暑すぎる日だった。
7月上旬、早々に梅雨明けしたと思ったらもう刺すような日差しが降り注いでいる。いくらテニスが好きだとはいえ、コートに出るのが辛いくらいだ。
この高校に男子テニス部の外部顧問として来てから5年が経って、だいぶ大会にも勝ち進めるようになってきた。学校側との連携も良く、先生方との関係性も良いし、我ながら順風満帆だなと思う。
「関野先生ー、今日コート出ますか?」
「…いや、今はやめとこう。室内でトレーニングできるか、ちょっと確認してくるよ」
「ありがとうございます」
部長の生徒はそう言って、部員たちに声をかけて日陰に行き、ストレッチを始めた。
こうして生徒達が自主的に動いている姿を見ると、成長を喜ばしく感じる。偶然就いた仕事だけど、これがやりがいがあるってことか、と思う。
一緒に顧問をしている英語の教諭…夏目環のところに向かった。活動場所に関して確認しなきゃいけない。
職員室へ向かう廊下も結構な暑さだった。背中に汗が伝う。
ドアをノックして中を覗くと、涼しげな顔で机に向かう姿が見えた。
とても運動部の顧問と思えない、色白で細い線。こんな暑いのに、どうしてベストを着れるんだろう…
「あ、桂」
顔を上げると同時に、細いフレームのメガネが少しずれる。
「どうしたの?トラブル?」
にっこり笑ってメガネを押し上げながら言った。
「いや、今日暑いからさ、コートではやらないでおこうと思って。室内、空いてる場所あるかな?」
「他の部活の状況、確認してくるね」
「ありがとう」
環はメガネを机に置いて、確認しに向かった。
「関野!」
「おー、お疲れ様」
環と同じ、英語教諭の竹井太朗がこそこそ声を掛けてきた。
今の高校英語は「論理表現」と「コミュニケーション」の2つの教科らしい。竹井はコミュニケーション。環は論理表現。
「飲み行こ」
「えー、また?」
「人数足りない!」
「たろうちゃんの人脈があれば俺呼ぶ必要ないじゃん」
「関野じゃなきゃダメなの!ねーえー!お願いっ」
「……えーー…」
肩を叩かれて振り返ったら、環がムッとした顔で竹井を見ている。
「また飲み会?」
「またって言わないでよ」
「仕事しなよ仕事」
「はーい。関野、後で連絡する」
環に諭されて、竹井はデスクに向かった。
「第二体育館が空いてるよ」
「ありがとう、助かる」
「これ鍵ね。ご指導よろしくお願いします」
環から鍵を受け取った。
他の部活だと、実質外部顧問が全部やってるところもあるみたいだから、テニス部はこうして色々と動いてくれる環が顧問でよかった、とつくづく思う。
「あとで観に行ってもいい?」
「もちろんいいよ!顧問なんだから」
「名ばかりだけどね!へへ、じゃあ後で」
鍵を握って生徒のところに向かう。
環は生徒たちにもかなり人気があるみたいで、優しいところだとか、あとは見た目?男女問わず、生徒たちみんながかわいいかわいいって言ってる気がする。なんなら、環が顧問だからって入部してきた生徒もいた。俺が指導者だったもんだから、露骨にがっかりしてたな……まあ、今も真面目にテニスやってるけど。
「お待たせ!第二体育館に移動しよう」
「はーい」
生徒達はぞろぞろと移動し始めた。
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