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「ん、美味しい!」  和真の手料理を一口食べて、薫は顔を綻ばせた。テーブルには夕飯の品々が並んでいる。  タルタルソースの乗ったサーモンのムニエルに、野菜たっぷりのコンソメスープ、そしてジャガイモとキノコを炒め合わせたもの。  薫の部屋にあった物を組み合わせて、和真が手早く作った献立だ。2人で手を合わせて食べ始めて以来、薫は何を食べても「美味しい!」と満面の笑みを浮かべた。 「お口にあってよかったです」  和真はといえば、そんな薫の反応を見ると何故だか胸が温かくなる。 「適当に作ったんですけど」 「とっても美味しいよ! 実を言うとね、私はあんまり料理が得意じゃなくて……こんなに美味しいご飯を作ってもらえて、本当にありがたいよ」 「……へへ、そんな褒められると照れます」 「料理はよくしてるの?」 「あー、まあ学生の頃から自炊してたんで、自然と身についた……っていうか。ほら、あんまお金に自由がきかないから、スーパーの安いものとか、冷蔵庫に残ってるものとかで工夫しなくちゃいけなくて。それで……」 「そうなんだ、和真君はすごいねえ。私はレシピを見ながらじゃないと作れなくて。ほら、昨日のカレーも、市販のルーに書いてある通り作っただけで……」 「でも、薫さんのカレーも美味しかったっスよ! 俺、ホント嬉しかったんです、薫さんにご飯もらえて」 「……ふふ、私も今、和真君とこうして一緒にご飯が食べられて、とっても嬉しいよ」  薫が微笑む。和真も何故だか胸がいっぱいになって、「へへ」と笑って視線を逸らした。  なんだろう、この気持ちは。性欲でムラムラする時とは違う、ムズムズするような感じ。薫とはそういう関係になるつもりも無いけれど、そうでなくてもいいから、もっと一緒にいたいような、そんな。  きっと寂しいからだろう。年末年始は、一人きりで過ごすのだから。  その事実を思い出すと、嬉しい気持ちが引っ込んでいく。付きっぱなしのテレビに目をやると、「年末年始の準備 大掃除のコツ」とかいう特集をやっている。げんなりしていると、薫もテレビを見て口を開いた。 「そういえば、和真君は年末年始どうするの?」 「あ、俺は特に予定も無いんで、部屋で映画でも見て過ごすつもりで」 「そうなんだ。じゃあ、私とお揃いだね」 「え、薫さんもここにいるんすか?」  本当に驚いたので尋ね返す。  和真は「真人間」とは程遠い、と自認している。普通の人間は毎週知らない人間とセックスをしないし、クリスマスは恋人と過ごすし、年末年始は家族と実家で過ごすもの、だと思っていた。薫はその点、とても人の良さそうな一般人にしか見えなかったので、正月は帰省しないのは意外だ。 「うん。帰省ラッシュに巻き込まれたくないんだ」 「……そ、っすよね。アレ、マジですごいですもんね、渋滞とか、待合とか」  理由をそれだけしか言わなかった薫に、和真も頷き知っている限りの知識で相槌を打つ。それだけで、薫は嬉しそうに頷いた。 「そうそう。もうこの歳になると体力も無くてね。正月休みも3日間しかないから、くたびれるだけだろうし」 「え、三日間しかないんすか? ……もしかして、三が日だけ?」 「うんうん。和真君はもうお休みに入ってるの?」 「あ、俺はもう休みなんすけど……一日も予定が無くて、マジで暇すぎるなって思ってて……申し訳ないです」  大晦日まで働く人を前に、贅沢な気持ちでいた。そんな気がして謝ると、薫は笑って首を振った。 「申し訳ないなんてこと、ないよ。和真君にとっては長すぎる休みなんだろうし……そうだ、こうするのはどうかな? 年越しから元旦は一緒に「正月らしいこと」をする、っていうのは」 「エッ」  和真は思わず変な声を出してしまった。それは和真にとっての「正月らしいこと」が、年越しセックスと姫初めだったからだ。そしてその反応が誤解を招くかもしれないと気付いて、慌てて「あっいや」と首を振る。 「あ、このいやは嫌じゃなくて、あの、えっ、つまりその、「正月らしいこと」っていうのは……」 「年越しそばとか、おせちとか、初詣でとか……おみくじとか!」 「あ、ああ! なるほど」 「ひとりだと面倒だしお金もかかるけど、ふたりなら楽しそうじゃない? あ、和真君が興味無ければ別に、」 「いいですね! やりましょ、やりましょ!」  和真はかぶせ気味に頷いた。暇を潰せるなら、大歓迎だ。セックスなら尚よかったけれど、このお隣さんがまさかそんなことを望むとも思えない。 「本当にいいの?」 「もちろんっすよ、あ、薫さんの仕事が忙しかったら俺、おせちとか準備しときますし! ……そうだ、こういうのはどうすかね! これから大晦日までの間、夕飯は俺が用意しとくってのは!」  和真は勢いで言ってしまっていた。  

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