27 / 44

27

 和真と薫が帰る準備をしているところへ、シノとリンもやって来た。  リンは薫を心配し、「ごめんね」と沢山謝っていた。薫は案の定、「気にしないで、私が悪いから」と言うばかりだ。  薫が悪いわけはない。もちろん、リンだって。  和真は複雑な気持ちになりながら、リンとシノに告げた。薫を連れて帰る。今日は様子を見る為一緒に過ごすと言うと、薫もリンも驚いたような表情を浮かべた。  そして、リンは和真の眼をじっと見つめると、強い口調で言う。 「薫のこと、責任もってちゃんと守ってあげてよ! 何か有ったら、承知しないんだからね!」  その言葉に、和真は大きく頷いた。きっとそれが、リンへの誠意の表し方のひとつにもなるかもしれなかった。  大きなショッピングモールだから、乗り場まで行けばいくらでもタクシーが停まっている。  和真はそのひとつへ、薫と共に乗り込んだ。運転手へ行き先を伝えると、タクシーはすぐ発進する。大きく手を振るリンと、ヒラヒラと小さく手を振るシノの姿が、小さくなっていった。  シノをリンと共に置いていくことになるけれど、大丈夫だろうか。和真のほうこそ無責任野郎とシノに罵られてもおかしくない状況ではある。スマホのメッセージで謝ったけれど、「OK」と書かれた変な絵のスタンプが返ってきただけだった。  タクシーは街並みを走り抜けていく。運転手は特に何も話さなかったから、車内に沈黙が訪れた。和真は時折薫のほうを見たけれど、彼は倒れた頃より随分顔色も良くなって、外の景色を眺めている。  もしかしたら。薫の言うとおり、少し休めば買い物を続けられたのかもしれない。それを、強引に連れて帰ってしまったのではないか。  和真は不安になってきた。良かれと思って、薫に嫌な思いをさせてはいないだろうか。  そんなことを考えていると、薫が口を開く。 「子供の頃からね、私は体が弱くて。こういうことはよく有ったんだ」 「え……」  薫は苦笑して、窓の外を見ている。流れていく景色には、たくさんの建物、そして歩く人々の姿があった。 「休日に何処かへ行く約束をしてもね、私が急に体調を崩すものだから。家族で出かけても中止になったりしていたよ。その度に親が心配をしてね。次第に家族は私を何処かに連れ出そうとはしなくなっていったんだ」 「……それは、……でも、薫さんは出かけたくなかったんですか?」 「……どうなんだろうね。迷惑をかけたくないって気持ちが有ったから、私もワガママは言わなかったけど……」 「けど……?」 「……本当は、やっぱり……みんなと同じように過ごしたかったかも」  そう呟く薫は、どこか寂しげな表情を浮かべていた。  もしかしたら。  もしかしたら、ショッピングモールへ行くのも、皆で買い物に行くのも。薫にとっては、ありふれた日常ではなく、憧れのシチュエーション、だったのだろうか。  そういえば、薫と初めて会ったクリスマスだって、彼は「ひとりピザパーティー」を開催しようとしていた。和真はピザをとるどころか、ひとりで食べたことだって有る。しかし、薫にとっては。  自宅に住んでいる間は家族の前で無茶なこともできず、ずっと我慢して暮らしていたんじゃ……。  そう考えると、和真は胸がきゅうっと締め付けられるような気がした。  ずっと我慢していたのは、自分も一緒だ。  一瞬だけそう考えて、小さく首を振る。  自分は大切にされていた。愛されていた。何不自由無い暮らしをしていた。何の我慢もしていない。先日まで自由奔放にセックスもしていた。何も我慢なんてしていないはずで、薫と一緒だと考えるなんて、こんな淋しそうな表情をする薫に失礼だ。  和真はひとまず自分のことは置いて、「薫さん」と声をかけた。 「今日はすいません。勝手に帰ろうとか言って」 「ううん、和真君は悪くないよ」 「だとしても、薫さんだって申し訳無く思わなくて、大丈夫です。少なくとも俺は、薫さんとまだ何度だって遊びに行きたいですし、俺は本当に迷惑なんてしてないんです。次はもっと気にかけて、無理させないようにしますから……」 「……ありがとう、和真君。君は本当に優しい子だね」  薫が微笑んだ。その表情が、困ったような様子であることに和真は気付く。  小さい頃からこうだった、と言っていた。もしかしたら、このやりとりもずっとずっと繰り返してきたのかもしれない。そんな薫に、自分は何を言って、何をしてあげられるだろうか。  もしかしたら、これ以上何か言っても、薫を傷付けるだけかも、あるいは面倒に思われるだけかもしれない。  それでも、どうしても伝えたい。 「薫さん、しつこいかもしれないけど……薫さんは、確かに普通の人とは違うかもしれないです。でも、そういう違いってそれなりにみんな有って、だから薫さんも自分のしたいことをする権利が有るし、そうする方法が有ると思うんです」 「和真君……」 「俺はそうやって楽しむことを、一緒にやっていきたいって思います。だって俺は薫さんと一緒に色んな事したいから。幸せに過ごしてほしいんです!」  そう言って、和真は薫の手を握った。驚いた表情の彼に、はっきりと言う。 「俺にそのお手伝いをさせてください! こんな俺でよかったら、いくらでも頼って下さい! 俺なんかじゃ無理かもしれないけど……薫さんの為になら、何でもしたいんです! だって俺――……」  そこまで言って、和真は「んぐ」と言葉を飲み込んだ。勢いで告白しそうになっているのを感じる。うぐぐ、と悶えている和真をよそに、薫はしばらくして微笑む。 「……ありがとう、君は本当にいつも優しいね」  薫にどこまで思いが伝わったのかはわからない。けれど、先ほどよりは憂いの無い表情で言う。 「君に甘えてしまうけど、またこういう機会を設けて、君と遊びに行きたいと思うよ」 「……! 行きましょう、行きましょう! アイツらも気のいい奴ですから、喜んで付いてきてくれると思うし!」  和真は、薫が元気を取り戻してくれたのだと思って、心から喜んだ。だから気付いていなかった。  薫が、「君と遊びに行きたい」と言ったことに。

ともだちにシェアしよう!