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キスをする流れになり、和真は薫をベッドへと導いた。
決してやましい意味があってのことではない。ふたりは床に座っていたから、キスをしようとするとどうしてもテーブルやベッドが邪魔なのだ。
その点、最初からベッドの上なら、キスをするのも楽だし、万が一そのまま進展するのもスムーズだ。
(……やましい意味はめちゃくちゃあるじゃないかー!)
和真は心の中で叫びつつ、しかしせっかく薫がその気になってくれた機会を逃したくもなかった。目の前に座った薫を見ると、頬を染めておどおどしている。
(そうだ、経験者として俺がリードしてあげないと……!)
しかし、相手が薫だと思うと自分まで胸がドキドキして仕方がない。変な汗が止まらないし、口の中がカラカラになりそうだ。こんな調子では、できることもできない。
和真はしばらく悩んで、それから思いついた。
(そうだ……薫さんじゃなくて、お初の相手だと思えば……!)
緊張せずにできるかもしれない。そんな本末転倒なことを考えて、我に帰る。
(俺のバカ! 違うだろ! 薫さんとの初めてっていう大切な時間を! 大事にしなきゃ!)
失敗したっていい、なかなか進めなくたっていい。初めて、が一度きりしかない以上、どんな形であれ、それを大切な思い出にする。
そう薫に言ったのは(言ってないが)和真のほうだ。和真はひとつ深呼吸をして、心を落ち着かせる。
(大丈夫、失敗しても、不器用でもいい、薫さんも望んでくれてるんだ。キス、しよう……!)
ようやっと覚悟を決めて、おずおずと薫に触れる。それだけで薫の体に、びくりと力が入った。緊張の度合いでは薫のほうが数倍大きそうだった。
「薫さん、ええと……大丈夫、まずはちょっと、触れるだけのキス、しましょ」
「う、うん……」
「俺に、任せてもらえますか?」
「お、お願いするよ……。そ、その。私は、どうしたらいいかな?」
緊張でガチガチの薫に、和真は努めてゆっくりと、穏やかに話しかけた。
「薫さんはリラックスして、目を閉じていてくれたらいいですよ」
「り、リラックス……」
「いきなりキスしたりしませんから。そうだ、まずはいつもみたいに……ハグしてみましょ。そしたら、ちょっと落ち着くかも……」
「うん……、ぁ……」
これ以上ないほどゆっくり、優しく抱きしめてみる。薫は少し声を上げたけれど、ハグは慣れてきたのか受け入れてくれた。その上、おずおずと抱き返してくれる。
愛おしさが募って爆発しそうだ。ドキドキ鳴り響く心音を聞きながら、しばらく過ごした。落ち着かせるように背中を撫で、身体をすり寄せると、薫のほうも余裕が出てきたらしい。和真にも、薫の体から力が抜けていくのが感じ取られた。
こうしたことは、ムードが大事だ。改めて「今からキスする」と伝えれば、また緊張してしまうかもしれない。和真は薫をそっと覗き見る。そして視線が交わった。
その目が訴えることに、覚えがある。それは、不安と期待の混ざった熱。怖い、けれどそれ以上に、先に進みたい。そんな感情の入り混じった瞳だ。
和真は経験的にそう悟り、小さく頷いた。それだけで意思は通じたらしい。薫が、ゆっくりと瞼を閉じる。
(…………!! か、薫さんが、待ってくれてる……!!)
和真は感動にごくりと喉を鳴らし、それからスローモーションの如くゆっくりとした動きで薫に近づいた。
初めてのキスでもこれほど緊張しただろうか? あの時は「キスとは何か」という好奇心が先にきていて、実際やってみても、大したことではなかったと感じたぐらいだった気もする。
しかし今、目の前にいるのは、初恋の人なのだ。キスの意味合い自体が、すっかり変わってしまっていた。
近付くほどに、薫の顔がぼやけていく。近すぎるのだ。距離が縮むのに比例して、鼓動は大きくなっていく。このまま死ぬんじゃなかろうか。そんなことを思いながら、和真自身も目を閉じた。
至近距離に薫の気配を感じる。そして和真は、優しく唇を重ねた。
ふわ、と軽く触れるだけである。それだけでも十分なほど、衝撃的だった。その瞬間に湧き起こった喜びといったら。そのまま薫を抱きしめて、思うさまキスをしたくてたまらなくなった。
流石にそんなことをしたら薫が引くかもしれない。ちらり、と様子を窺うために目を開いた。するとどうだろう。薫のほうから、和真に触れて来たではないか。
これは! 進めてもいいやつだ!
和真は直感した。和真はゆっくりと抱きしめる腕に力を込める。そして今度は薫の唇に吸い付いた。
「ん、ん……」
柔らかい下唇を挟み舌先でそろりと合間をなぞる。意図が伝わったのだろうか、僅かに開いた口内に、おずおずと舌を侵入させた。嫌がるようなら、すぐに止められるように。
「んん、ぅ……!」
薫は驚いたように目を開いた。そして視線が混じり合う。薫は抵抗もせず、ただ再び瞼を閉ざした。
和真もまた目を閉じ、今度は深く、舌を絡め合う。戸惑う薫の舌を撫で、口内を優しく刺激した。水音が脳内に直接響くような心地だ。呼吸の苦しさと興奮が相まって、このままふたり、溶けてひとつになってしまうように錯覚する。
「ふぁ、……っ、ぁ、和真、く、……っ」
あんまり嬉しくて、随分長い間ディープキスとしていたような。角度を変える為に唇を離すと名を呼ばれて、ハッとした。嫌がるようなら止めようと思っていたのに、夢中になってしまった。
「あ、薫さん、その……っ」
大丈夫ですか、と尋ねようとして、和真は息を呑んだ。目の前には、瞳を潤ませ頬を染めた薫の姿が有る。その色香といったら。身体の中の熱が、より一層昂るのを感じた。
薫はとろりとした目で和真を見つめている。その視線だけで、もう我慢ができなくなりそうだ。しかしここで暴走してはいけない。必死で自分を抑え込み、「嫌じゃないですか?」と尋ねる。
すると薫は、恥ずかしそうに眼を伏せて。
「……ううん、どちらかというと……嬉しいよ……?」
とか細い声で答えた。
「キスって、こんなに気持ちいいものなんだね……」
「か、薫さん……」
「それに、すごく胸がドキドキする……。本当に君と、こういうことをしているんだって考えて……身体が熱くて仕方ない。あと……」
「あと?」
和真の問いに、薫は少しだけ躊躇してから、恥ずかしそうに呟いた。
「……もっと、いっぱい、続きがしてみたい……って、思ってしまう、か、な……」
「…………」
和真はその言葉に、しばらく固まって。
それから、頭の中が「ボン」とでも爆発したような気がした。
「……薫さん」
そして薫の手を握って。
「今から、いっぱい続きをしても、いいですか?」
真剣な表情で問うと、薫はおずおずと小さく頷いてくれた。
いきなり色々やるのは、恥ずかしいだろうし、それに本音を言えばもったいない。
違うことを別の機会にやれば、何度だって「初体験」が訪れるのだから。特盛セットで贅沢に過ごすのは魅力的だけれど、あえて一品ずつ食べることで長く楽しみを得るのも手だ。
そんなわけで、シャワーは別々に浴びて。灯りを殆ど落とし、うっすらとしか見えない部屋で。ダメ押しに布団の中へ潜り、ふたりは触れ合った。
見られることを恥ずかしがるだろうことは想定していたし、そのほうが雰囲気も出るというものだ。裸で触れ合い始めても、和真は性急に愛撫をしたりなどしなかった。
まずは、ハグをして。恥ずかしそうに笑う薫へ、軽く触れるだけのキスを繰り返す。唇だけではなくて、頬や、額にも。沢山、愛していることを伝える。すると、薫の緊張がほぐれていくのを感じた。
そうなってようやく、和真は手を薫の肌へと這わせる。それだって、性感帯を探すような動きではなくて、あくまで触れるものだ。リラックスして、続きが欲しくなれば自然ともどかしくなるというもの。和真は根気よくその時を待った。
「……和真君……」
薫がおずおずと名を呼ぶ。返事をするように唇を重ねた。
「……っ、んん、ん、ぅ……」
舌を絡め合いながら、身体を撫でると、時折ひくりと跳ねる。ああ、ここが弱いのか。和真その反応ひとつひとつを覚えながら、まだ本格的な行為には入らない。
薫の身体を、思考を蕩けさせ。それからドロドロになるまで愛したい。そんな気分だった。
「……ふ、ぁ、……っ、かずま、くん……」
舌の絡まり合う気持ちよさと、呼吸のしにくさと、またそれ以外のもので、薫が甘い声を出した。その舌足らずな呼びかたが、今まで聞いたことのない声音でドキドキする。
「薫さん、好きです……」
唇が触れるほどの距離でそう囁くと、薫と視線が合う。その瞳は熱っぽく潤んでいた。
「私も、だよ……和真君……私も、好き……」
甘い囁き。薫の匂い。体温の心地良さ。これら全てが、夢じゃないなんて。
散々夢の中で薫の痴態は見てきたつもりだったが、いざ現実になると、まだ性行為の入口だというのに、どうしようもなく胸が高鳴る。どんな夢よりも薫がエロティックに見えて、今すぐ抱いてしまいたいのに、それがあまりにももったいないような。
複雑になりながら。経験したことのないほどの興奮を覚えながら。
和真は少しずつ、絡まった糸を解していった。
「~~、っ、ぅ、う、ん~~……っ!」
たっぷりの時間をかけても、男を初めて受け入れる薫は苦しげな声を上げている。そんな彼の手をぎゅっと握り締めながら、和真は慎重に慎重に奥へと分け入っていく。
正直に言えば、遂に薫とひとつになれた感動と、そしてきゅうきゅう締め付けてくる肉壁とですぐにでもイってしまいそうだった。しかし、それではあまりに情けないし、まだまだたくさん薫とのセックスを大事に楽しみたい。和真も眉を寄せて堪えながら、薫の背中に口付けをする。
日本人男性は、後ろから受け入れるほうが楽だ。本当は薫の表情を楽しみたかったけれど、初体験の負担を減らす為に後ろからすることを決めた。辛い思いをさせて、セックスを嫌いになって欲しくない。身も心もひとつになって、何もかもが溶け合うあの悦びを何度だって共有したかった。
「……っ、はあ、……薫さん、大丈夫ですか?」
根本近くまで侵入したところで、動きを止める。慣れるまで待つのは大事なことだ。ここで焦ってしまえば、何もかもが台無しになる。問いかけながら、身体を擦る。まるで熱が出てつらい時に、義母がそうしてくれたように。
「……ちょっと、苦し、い、けど……」
薫は頷いてくれた。しかし、肩で呼吸をしているから、「ちょっと」というのは嘘かもしれない。和真は彼にぎゅっと抱きついて、しばらくじっとしていることにした。
薫の長い髪が、汗ばんでしっとりしている。いつものシャンプーの心地良い香りと、男としての匂いが混ざってくらくらしそうだ。しかし、それが不快ではない。むしろ、もっともっと堪能して、愛したい。
後ろから、肩に、首筋に、頬にキスを落とす。顔はよく見えないけれど、長い睫が濡れているのはわかる。涙の溢れた理由が、生理的なものだけならいいけれど。
「無理そうだったら、いつでも言ってくださいね。止めるんで」
気持ち良くしてやれる自信は有る。今まで抱いてきた他人相手なら、この言葉は社交辞令のようなものだったかもしれない。しかし、薫には慎重になってしまう。愛したいのに、そのせいで傷つけたくない。
「……ありがとう、和真君」
深呼吸を繰り返しながらも、薫が微笑む。
「私は大丈夫。今とても……とても幸せな気持ちだから……」
身体を擦っていた手に、薫の手が重なってくる。その時感じたものを、なんと表現したらいいだろうか。胸が苦しくて痛いほどなのに、どうしようもなく熱くなる。あるいはそれを人は「愛おしさ」とか表現するのかもしれないけれど、そのたった一言で済ませて良いもののようには感じなかった。
ぎゅっと薫を抱きしめ、頬に、涙の滲んだ瞼にキスを落とす。薫の表情が決して辛そうなだけではないことを確かめて、和真は尋ねた。
「動いても、大丈夫そうですか?」
「……たぶん……」
「わかりました。やっぱりダメそうだったら、すぐ言ってくださいね。……ちょっとずつ、動いてみますから」
「うん……、っ、ぅ、……んぅう……」
ずるずる、と少しだけ腰を引いてみる。抜けていく感覚に、薫が眉を寄せているのが見えた。しかしそれは苦痛に耐えているというよりは、むしろ。
「……薫さん……」
まだ、はっきりと快楽は覚えていないかもしれない。未知の感覚に困惑し、不安げにこちらを見ようとする彼の身体を撫でて、安心させる。
「大丈夫です。気持ち良くなっていきますからね」
「気持ち、良く……?」
「はい。こうやって動かされるのが……」
「ぅ、……っ、ん、……ぅう……」
「だんだん、気持ち良いってわかるようになりますから。でも、初めてだと難しいんで……色々お手伝いします」
「なに、……ア、……か、和真君、そ、それ、ダメ……」
くちゅ、と薫の熱に触れる。まだ未開発なナカでは感じられなくても、男ならココは十分に弱い。すりすりと指で撫でると、薫が小さく首を振って、シーツに顔を埋める。
「だめ、ダメ、和真君……っ」
上擦った声で重ねる「ダメ」は、そのままの意味ではない。和真もわかっているから、手を止めないまま少しずつ腰を大きく揺らしていく。
「あ、ぁ、ア……っ、か、かずま、く、ん……!」
薫の声が、聞いたことのないほど切羽詰まったものへと変わっていく。半ば悲鳴のような、しかし辛がっているわけではない、甘さの伴った声。それにどうしようもなく興奮を覚えるし、同時にたまらなく幸せで、そして怖い。この幸せをもし失うようなことが有ったら、自分はどうなってしまうのか。
もし、薫を抱いて。たくさんセックスをして。その先で、自分が、あるいは薫がこの関係に飽きてしまったりしたら。そんな不安が頭を掠める。それを振り払うように、和真は腰を打ち付ける。
「あっ、ァ、かずま、く……っ、あ、だめ、も、無理、だめ、だめ、」
「薫さん……っ」
「だめ、わたし、も、イ……っ」
あの薫が「イク」という言葉を知っているのだ。和真はその事に驚き、そして頭が熱くなって、それからはもう、夢中で薫を抱いていたように思う。
「ひっ、ぁ、ア、かず、ま、……っ、あ、ん、ぅう~~~~……!」
「……っかおるさん……っ!」
涙をぽろぽろ溢れさせながら。薫が震えて精を吐き出す。和真はつられて高みに昇り詰めつつ、腕の中の幸せをただただ大事に抱きしめていた。
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