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第1話

 夏になると楽しみなことがある。肌の露出が増えることと祭りだ。  この時季ここかしこで催される祭り。なぜか祭りと聞くとわくわくしてしまう。  わくわくするのは僕だけじゃない。僕が住んでいる町自体もわくわくしている――ように見える。一年を通して比較的静かなこの町もこの時季ばかりは活気づく。きっとそれは町おこしの一端も担っているんだと思う。  他の所にはない名産物を作って観光雑誌に載せてもらっているのを見たことがある。だけど僕が数ある夏祭りの中で、楽しみにしているのは商店街近くで昔から行われている花火大会だ。  僕は花火が本当に好きだ。  真っ暗な夜空に光の筋がスーッとのびて爆発音とともに大輪の花火が咲く。だけどその花が咲くのはほんの一瞬だけであっという間に散っていく。一瞬で人々の心を魅了する花火(モノ)が次の瞬間にはもうそこにはないのだ。そんな花火(はなび)を見てとてもせつない気持ちになる。  せつなさを感じるのに好きというのも変な話である。だが、事実、好きなのだ。  そんなふうに僕を惹きつけてやまない花火大会が今週の土曜開催される。毎年行っているが、今年の花火大会は特に楽しみにしているのだ。  その理由はいつも一人で見ていた花火を今年は、僕の恋人、埴野蘭(はにの らん)と一緒に見れるからだ。それだけではない。蘭の浴衣姿ももれなくついてくるのだ。  ――そう思っていたのに。 「はあ? たかが近所の花火大会にいちいち浴衣なんか着てくかよ」  僕が蘭に浴衣を着てくれと言った次の台詞がコレだ。可愛い容姿をしていながらにして毒を吐くのを得意としている。 「そんな言い方しなくてもいいだろ」 「歩宜(ほのぶ)がつまんねえこと言うからだろ?」 「別につまらなくはないだろ。僕は蘭の浴衣姿が見たいんだから」 「おれは別に歩宜の浴衣姿なんか見たくねえよ」 「僕は関係ない」  大学からの帰り道。  きっと着てくれるものとばかり思っていた僕は、蘭から出た言葉を信じられない思いで聞く。  まだ高い位置にある夕日に向かって叫びたい気分でいっぱいだ。このがっかり感が伝わるだろうか? 「……ほんとに着てくれないのか?」 「しつこいな! そうだって言ってんだろ!?」 「…………」  正直僕は図りかねている。これが蘭の本心なのか嘘なのか。と、いうのは、蘭は僕をわざと怒らせて遊ぶのが好きなのだ。だから、本心では『やってもいい』って思っていても口では『やだ』っていうことがよくあるのだ。ツンデレとでもいうのだろうか? その態度が僕に対してだけなのでそれが蘭なりの愛情表現だとわかってるし、そういう所が可愛いとも思う。  でもこう毎回毎回されるといやになってくる。  ……ううん、違う。違うな。  不安になってくるのだ。本当に僕への愛情表現なのか? と。  だから今回は少し怖いが、前々から考えていたことを実践してみることにする。蘭のツンデレに応じない作戦、名付けて『逆ツンデレ作戦』である。……我ながらダサい名付けだけれども。さっそくやってみた。 「――だったら……もういい」 「は?」  僕はポカンとしている蘭をそのまま残し足早に帰路につく。  ……蘭が僕を追って来る気配はない。

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