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第2話

 ――それが先日、火曜日のできごとだった。  それから水曜木曜と過ぎ、とうとう今日は金曜。  この日まで僕らは浴衣の話をするどころか、花火大会の事さえ話さなかった。だって、あれ以来僕は蘭に会ってないから。正確には僕が蘭と顔を合わせないようにしていたのだ。  理由はいつも蘭には僕から折れているから偶には彼のほうから僕にアクションがあってもいいだろうと思ったからだ。実に馬鹿馬鹿しい駆け引き。自分でもわかってる。でも、ここまできたら後には退けない。押し通してやる。  ……あーあ、それにしてもどうすんだろ? 明日の花火。楽しみにしていたのに。   *****  花火大会当日の午後。やっぱり蘭からは何の連絡もない。  僕は途中折れそうになったけど、意地を通して連絡してない。  花火はどうしようかと思ったけど、『一緒に花火大会へ行く』という約束は破棄していないからもしかしたら、蘭が来るかもしれないという、とーっても低い確率に賭けてみることにした。すっぽかされるのを覚悟して。だって、僕から誘ったから。それにもし蘭が来て僕がいなかったらきっとまた怒るに決まっているから。  僕は浴衣を着る。……だって、自分が蘭にねだったから一応の示しってことで。  外は昼の熱を放したくないのか、むあっとする。身体にまとわりつく重く熱い空気。  本当に不快だ。  これが蘭の重さと熱なら大歓迎なのだが。  囃子の音が聞こえてきた。太鼓の音も。  夜になると人っこ一人いない商店街が今日は賑わっている。各々の店のシャッター前には夜店が立ち並ぶ。定番の練り飴、りんご飴、綿菓子、人形カステラ、チョコバナナ、かき氷、金魚すくい。こういったものは見るだけでわくわくする。  ……今年は蘭と見て歩けると思ったのに。  僕は待ち合わせ場所に足を急がせる。幸い待ち合わせについては、浴衣の話が出る前に決めていた。  場所は、商店街と花火会場である堤防の、ちょうど間に位置する『憩いの広場』っていう広場だ。舗装してある商店街とコンクリートでできた堤防の間に芝生が生えた#広場__そこ__#が唐突にあるので初めて見た時は違和感を抱いたが、見慣れてきた今ではすっかりそれが当たり前の光景になっている。  広場には木製ベンチが配置されていて、それらの間には手入れされた低めの針葉樹……と、いっても人間よりは高い……が点々と植えられてる。公園って呼べるほど走り回れるようなスペースはなく、滑り台も砂場も鉄棒もない。  僕はベンチに腰かけて溜息を吐いた。  ……来るかな? 蘭の奴。  僕はスマホを取り出して眺める。着信はない。  時間は19:00。  辺りは薄暗くなってきたところで商店街の夜店は灯りを点け始める。  待ち合わせ時間は19:20。  ……少なくともあと二〇分は悶々としなくちゃいけないのか。  商店街の方に目を遣る。蘭もあっちから来る――来れば、だが。  僕の視界に、一本のりんご飴を食べ合うカップルの姿が目に映る。  ……ちぇっ、ケンカすればいいのに。  自分が恋人とうまくいってない時に他のカップルが仲良くしているのを見ると腹が立つのは僕の心が狭いからか。でも、仕方ない。そんな余裕ない。今は自分のことで精一杯だ。  ふと思う。  僕がここでいかにも待ってました、って感じでいるのも何か癪だ。  せっかく今日まで蘭に対して逆ツンデレ作戦……になっているかは自信はないが……で、来たというのに。 「よしっ」  僕は席を立ち商店街側から見えない樹の裏に回る。  ……蘭が来るまで――否、せめて待ち合わせの時間までここにいよう。  僕は落ち着かない心臓を抑えるように胸の掛衿(えり)を絞るように握っていた。

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