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第8話
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「ああ……浴衣が台無しだね」
僕は淡く笑う。
「だ…誰のせいだとっ」
息も絶え絶えに蘭が恨めしそうに僕を睨みつけてくる。そんな表情さえ可愛く見えるから不思議だ。
「ほんとごめんね」
にやけているのが自分でもわかる。
「結局花火ぜんぜん見れてないじゃん」
「僕はそれよりも珍しいものを見れたので満足です」
本心をさらりと言う。
「…てめッ」
蘭が、くりんとした大きな目を眇 める。僕は微笑みながら、
「ごめんね、ほんとごめん」
いつもならこんなふうに僕が謝ったら終わり。でも、今日はちょっと違う。強請 ってみる。
「……でも蘭、偶には……偶には僕にやさしくしてよ?」
暗がりの中でもぼんやりと見えた少し仏頂面の蘭は視線を落としてコクリと頷く。
「……か、帰ろうぜ。花火済んじまったんだから」
「そうだね。帰ろうか」
「お、おう」
「あ、じゃあ、急ご」
スマホの時計を確認してから蘭の手を掴む。
時間は二十一時……あ、念の為に言っておくけどこの時間までセックスだけしてたわけじゃないよ? 甘い時間は過ごしたけど。
「『急ご』って、なんで? ゆっくり歩いて帰ればいいじゃん。……誰かさんのせいで、……痛くてとーっても動きにくいから」
「ああ、ごめんごめん」
……さっきから僕謝ってばかりだな。まあ、僕がわるいんだけどさ。……なるほど。蘭を困らせたらそれ以上に僕が謝ることになるのか。なるほどね。
今日はそんな学習もする。
「おぶろうか?」
「それはいや!」
左右にぶんぶんと首を振る蘭。
「じゃあ、早歩き」
「だー・かー・ら! なんでそんなに急ぐんだよ?」
「なんで、って……」
だって二十一時だよ? 早く帰らなくちゃ。
零時まであと三時間。
この手にある温もりが、今日感じたことが、わかったことが、幻のように消えるんじゃないかってふと不安がよぎったから。
僕の心を魅了する花火 が次の瞬間にはもうそこにはない、なんて事がないように。一時で終わらせないように。物語じゃないけど魔法が解ける零時までには家に帰っていたい気分なんだ。
『独りじゃない僕』が消えないように。
愛しい人を失わないように。
今年、僕は初めてせつない花火を見逃した。
来年からは、本心から『花火っていいね』と言い合えるよう君とまた花火を見よう。
【Fin.】
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